118
「ち、またかよ。今日はやけに多いな」「新人の狭山、それはな」
横にいた治現が、話しかける。「俺が、海上保安庁での任務について5年目だから、10年くらい前の話だ。今日1月18日を118番の日と決めてからだと思う。本来の目的とは違う通報が増えたのは確かだな」
「それにしてもですよ。おかげで間違いとかイタズラの電話ばかり。記念日なんて、本当に余計なことをしたものですよ。118番は海難事故や密漁者の取り締まりのためにあるというのに」狭山は日頃からのストレスをここぞとばかりに発散。
「まあ、そんなに苛立つな」治現は、狭山を宥める。と同時に治現は、自らが海上保安庁に入るきっかけを思い出した。
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「3ヶ月経ちましたので、死亡認定でいきましょう」
治現は漁師の家で生まれ育った。そのため子供の頃から漁師に憧れている。そしてそうなるつもりであった。だが父がある日、漁から戻らなくなってしまう。
特にこの日海がシケていたわけではない。原因もわからぬまま漁船とともに消えてしまった、
当時中学生だった治現は、悲しみのあまり、ひとり海の前で泣く。加えて漁師になることに強い抵抗を感じる。「漁師では無く、彼らを助ける仕事をやろう」
治現は父の行方を必死に探してくれた、海上保安官に強い憧れを持ったのだ。
そして猛勉強。高校を経て海上保安大学校に進むことを決意した。
やがてそんな進路が定まりつつあったある日。治現は気の合う同級生数人と、海釣りに出かけた。同級生のひとりに、従兄弟がヨットを所有しているという。だからそれに同乗した。
「おお、これって真鯛。ここ良い漁場かも」この日は誰の竿からも魚がかかる。午前中からガンガン釣れた。
その勢いは、午後になっても衰えない。みんな最高の笑みを浮かべながら釣りを楽しんだ。
ところが突然雷雨に襲われてから、状況が一変。大波が出て船が揺れる。海が荒れ出してしまう。
「このままでは危険だ。帰るぞ」ヨットの船主は大声でそういうと、岸を目指す。モーターがついているタイプのため、本来なら問題ないのにこの日はうまくいかない。
どうやらモーターが故障してしまったのだ。そのままコントロールできないまま、ヨットが漂流し始めてしまう。
「まずい、救助を呼ぼう」しかし今までこんな経験がない船主。口だけ動かしても具体的に何もできずオロオロしている状況だ。ほかの同級生たちも、それを見て余計にうろたえている。
状況は、ますます悪くなった。このとき治現だけが冷静。「あ、118番だ」
目指している道。118番のこともすぐに頭に浮かんだ。治現はみずから持っていた携帯電話から、118番を押した。
この後海上保安庁からの助けがあり、全員が軽い怪我で無事に助かる。これで治現は、進むべき道を確信した。
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「密漁船がいたとの通報がありました」
思い出に浸っていた治現を現実に引き戻したのは、狭山の声。「狭山、密漁船の対応手順を」
治現の声に狭山は反応する。それを見ながら、仕事への誇りを改めて持つ治現であった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 363
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