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初めてのデートは プールで特訓

「これはちょっと!」
 江藤はある商品を見て目が点になる。そして店を後にした。慌てて追いかけてきたのはパートナーの日本語が堪能な英国人ジェーン。
「エドワード、そんなに慌てなくても」「だってジェーンあれちょっと桁が」ジェーンにエドワードと呼ばれている江藤は、不愛想に言いながらどんどん歩く。
「だから、これ!」ジェーンが駆け寄って持ってきたのはその店のチラシ。「あれ、あ、何だこんなのもあったんだ!」
 江藤は高い金額の商品に視線が入ったための行動。実はもっとリーズナブルで手に入る商品に気づかなかったのだ。
 途端に笑顔に戻って「そうか、また機会があったらにしよう」

「あ!」「ジェーンどうした」
「これって優真くん?」
「優真くんって、あの泳げなかった子?」「そうよ。突然私にメッセージ送ってくれたの」
 ジェーンはスマホを江藤に見せる。ふたりは6年前の初めてのデート。プールの思い出が頭に浮かんだ。

ーーーーー

今から6年前の夏の日。江藤とジェーンはプールに来た。
 ふたりは大学院で知り合う。江藤はジェーンに一目ぼれ。見た目が金髪で色が白い欧米人そのものなのに、しゃべると日本人そのもの。
 聞けば小学生から日本にいるから日本語はほとんど問題がないという。だから志向や考え方も日本人に限りなく近い。だから外見と内面のギャップが、エドワードの心を鷲づかみにしてしまったのだ。

 とはいえ、声をかけるのには勇気がいる。江藤は得意分野を使って、ジェーンの気を引くことに必死。廊下の手前から静かに歩いてきたジェーンに、思い切って声をかける。
「こんにちわ。ジェーンさん、暑いですね」「ああエトウさん。こんにちは。夏は好きだけど年々日本の夏は暑い気がするわ」
「そうですね。こう暑いと水に入りたくなって」
「ああ、海とかプールね。そうね。これ見てたら泳ぎたくなる」
 江藤はジェーンの反応が良いと内心喜ぶ。そして大きく深呼吸すると「ジェーンさん。泳ぐのは好きなんですね」「Yes!スイミングは大好き」
「あ、あのう。僕も実は泳ぐの好きなんです。も、もしよければ、一緒にプールとかって興味あります?」
 恐る恐る誘う江藤。さすがに緊張のあまり声がぎこちない。するとジェーンは笑顔で「OK、いいわ。エトウさん行きましょう」

  こうして、ジェーンを初めてデートに誘うことに成功した江藤。泳ぎの旨さをアピールして、ジェーンにもっと近づく気満々だ。


 こしてプールデートの初日。「あのう」「はい」「エトウさんは、言いにくいエドワードって呼んでいいですか」「え、エドワード??」

「はい、エドワードはイギリス王室の王子でよく使われる名前です」
「あ、は、はい。ジェーンさん。それでいいです。エドワードで」江藤はジェーンの要望をできるだけ聞こうと必死。エドワードというのが王子という意味があるというのも心地よい。
「だったら、ジェーンさんじゃなくてジェーンって呼んで」
「あ、わ、わかった。ジェーン今日はよろしく」

 こうして水着姿のふたりは一緒にプールに入る。江藤はさっそく飛び込んで、クロールを始めた。カッコよさをアピールしようと必死。するとジェーンは「私も得意よ」と同じように飛び込んで、こちらは平泳ぎ。どうやらふたりとも水泳が得意で好きだったのだ。

「へえ、ジェーンも泳ぐの旨いね」「エドワードもやるじゃん」とお互い水滴のついた笑顔で向き合った。

 そんな楽しいデートが30分ほど続いたが、突然江藤があるファミリーを見つける。
「あ、あれは大山さん」江藤が真顔になる。
「誰?」
「え、ああ家庭教師のアルバイトで、中学生の 陽斗君に1年くらい教えてたんだ。おかげで彼が志望していた私立の進学校に合格できた」と江藤は胸を張る。

「あ、大山さん。ご無沙汰しております。江藤です」
「ああ、江藤先生。息子の陽斗が大変お世話になりました」陽斗君の父親が江藤に頭を下げる。
「今日は陽斗君は?」「陽斗は、友達同士で遊びに行きましたので、今日は次男の優真とプールに来ました」見ると父親の右横に小学生の男の子が立っている。
「優真君、こんにちわ」見知らぬ男に突然名前を呼ばれたのか、優真が一瞬動揺した。
「ほら、優真、お兄ちゃんを教えてくれた江藤先生だ。挨拶しなさい」
「優真です。こんにちわ」優真は大きな声で挨拶をする。

「君は何年生」「僕は4年生です」「そうか、泳ぐのは好きか」「うーん」優真の歯切れが悪い。

「あ、実は」会話の間に入ってきたのは父親。
「この子泳ぐのが苦手で、顔を水につけるのが嫌いなんです。もう4年生だというのに。今日も特訓なんですが、どうも私は教えるのが下手でうまくいきません。厚かましい話ですが先生は水泳はさすがに......」
 どうやら父親は江藤に優真の泳ぎを指導してほしそうな空気。江藤は腕を組む。「泳ぐの好きだけど、子供に泳ぎ方を教えるなんてできるだろうか?」

「わたし、デキマス!」と突然大声を出したのは、横にいたジェーン。「え?」江藤は慌ててジェーンを見る。

「あ、もしよろしければ、泳ぎ方を教えるの私やります」と父親に答えている。父親は突然金髪の白人女性に声をかけられたために気が動転。目が泳ぐ。「あ、え、ハロー ナイスミーチュー! ジズ スイミング?」

「いえ、私は日本語普通に大丈夫。日本語で話しましょう。私はジェーンと申します」ジェーンは動転しておかしな英語をしゃべろうとする父親を制した。
「すみません、同じ大学院の仲間です。ちょうど暑くなってきたので、一緒にプールに泳ぎに来たんです」江藤が慌ててフォロー。

「あ、ああ日本語が。失礼しました。大山と申します。ええ、ジェーンさんが、優真の泳ぎを教えてくれると」
「はい、任せてください。ねえ、エドワード、ビート板持ってきて」「わかった」

「エドワード?」「ああ、ニックネームです」江藤は笑いをこらえながらビート板を取りに行く。

 こうして優真の特訓が始まった。

 父親の見守る中、プールに入った優真にジェーンはいきなり過激なことを始める。突然優真の頭を押さえると、そのまま水の中に沈めた。
「うぁああ」水に沈んだらすぐに頭を外す。慌てて優真は顔を出して必死に顔を両手で服と、すぐにジェーンが同じことをして頭を押さえる。

「おい、ジェーン何してるんだ!」「まず水に慣れることが大事。私もこうやって水に慣れたの。何度もしていたら嫌でもなれるわ」
 江藤と父親が心配そうに見つめる中。ジェーンは何度もこれを繰り返した。最初が嫌がっていた優真であったが、10回ほどすると楽しそうになる。「なんか楽しい。いろんな泡がブクブク出て」

 父親は驚きの表情。「あんなに水を嫌っていたのに、こんなに簡単に!」20分ほどこれを繰り返すとよいよビート板の出番となる。
「これに捕まって、足の動きからやりましょう」「え、バタ足じゃないのか? まさかいきなり平泳ぎを教えるのか」江藤にジェーンは頷いだ。

「さあ、水中の敵を仕留るようにね。そう足の裏で思い切りキック!」
「前に進むときには。そう、足を小さく動かして」
 ジェーンは優真にややきつめの言葉を浴びせながらも、的確に指導する。途中からは江藤も参加して優真の泳ぎ方をチェック。「そう、優真君。だいぶできるようになってる。頑張れー」

 優真がビート板を使って平泳ぎの足ができるようになり、単独でずいぶん前に進むようになった。「Ok!優真君。さあ次は何もなしで泳ぐのよ」
 次はビート板を外しての泳ぎ。最初に手の書き方を説明した。「腕は逆ハート。そうは愛情をこめてね」
 優真は、最初に顔を水につける楽しさを教えてくれたジェーンを、完全に信用していた。どんなことでも素直に言うことを聞いてくれる。そのため格段に上達した。
「さあ手と足を合わせるタイミングは三拍子。『 かく』、『曲げる』、そして『伸ばす』のそう、いい感じ」

 気が付いたらお昼を食べるのを忘れて夕方近くになっていた。優真の特訓が功を奏したのか、10メートルほどであれば完全に平泳ぎをマスターしている。

「そろそろ時間ね。でも優真君凄い。ちゃんと泳げたわ」「ジェーンのお姉ちゃんのおかげです。ありがとう」
「優真良かったなあ。江藤先生、ジェーンさん。なんとお礼を言ったらよいのか」父親は恐縮してふたりに何度も頭を下げる。

「いえいえ、これで優真君が泳ぐことの楽しさを知ってくれたら僕たちはね」江藤はジェーンを見るとジェーンもうなづく。
「うん、そう優真君、今度は25メートル、それからもっと長く泳げるように頑張ってね」

ーーーーーー
「ジェーン。あの日はお昼も食べずに。夜も軽く済ませたな」「でも、エドワードと一緒にあの子が泳げるようになったからいい思い出」
 お互い呟きながら、メッセージの本文を追いかけていく。

「へえ、中学生は水泳部に入って、もっとうまくなったって書いているわ」「うん、で今年から高校生だけど、なんと水泳の強豪校に入学したのか」
「そしてインターハイを目指すって。この子なんかすごいわ」ふたりは優真の成長ぶりに息をのむ。

「インターハイか。あのときは顔に水をつけるのが苦手だったのに。でも厳しいだろうな。俺も大会までは出たけど、最初の予選でいきなり敗退しちゃった」
「でも夢は大きく。だったら一気にオリンピック出場くらいまで行ってほしいわ」ジェーンは嬉しそう。江藤も同じく。

 ただ、江藤にとってもうひとつ。あのとき優真と出会えたからジェーンと自然と交際できた。そういう意味では彼は少年の格好をしたキューピット。多分そうに違いないと想像するのだった。



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シリーズ 日々掌編短編小説 451/1000

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