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花を買って帰ろう

「あ、花を売っているわ。買って帰ろうかしら」黒の上下のウォーキングウェア着用し、日課となっている朝のウォーキングをしていた花井路奈は、いつもと違う道を歩いていた。そして歩いている途中で見つけたのが花屋である。
 朝早くから営業しているらしく。すでに店の前にはいろんな花が所狭しと飾られていた。
「お花ね。そう最近部屋が暗い気がしているの」路奈はそうつぶやき、花屋に入る。

「まあ、きれいなヒマワリ」路奈が気になったのは大きなヒマワリだ。太陽のように伸びた黄色い花びらの明るさと、対照的に真ん中のダークな色合いがたまらない。「それはビンセントネーブルです。皆さんが『ヒマワリ』と一番思う品種ですね」
 花屋の説明を聞くまでもなく、路奈はこの花を買うことに決めた。

 

「急に華やか。それも夏のような雰囲気ね」路奈は買ってきた3輪のヒマワリをさっそく花瓶に入れる。
 薄青い花瓶に生けた3輪のヒマワリは、見ているだけで華やか。路奈は笑顔で見つめていた。
「今日は仕事も休み。最近本当に忙しかったからこのままお昼寝しようかなあ」ソファーで横になった路奈は、久しぶりの何もしない時間を楽しむ。
 時計は間もなく12時を指そうとしていた。「いつもなら昼休みだけど今日は関係ないわ。まだお腹空いていないし、まだご飯は早いわね」ここで路奈は大きなあくびをした。

「今日は何の日か知ってますか」
「あれ、だれ?」突然エコーがかかった少し高めの声が聞こえる。路奈の目の前にはヒマワリがあるだけで誰もいない。「外かしら」路奈がソファーから立ち上がり窓越しに外を見るが、この時間はだれの姿も見えなかった。
「この日起きたことを教えましょうか」
 また声が聞こえる。「え? ま、まさか」路奈は声がヒマワリから聞こえているような気がしてならない。
 ヒマワリは風がないのに揺れた。そして「私に気づいてくれたのね。今からタイムトリップのスタートよ」と声がする。
 本当にヒマワリから声が聞こえたので、路奈はビックリしたが、直後にもっと驚いた。周りの風景が見たこともない不思議な色合いになる。まるで青を主体とした抽象画の中に吸い込まれたようになっているからだ。

ーーーーー
「あ、あれ?」路奈は突然見知らぬ場所に来た。「どこなの。え、何?」路奈は周囲を見渡す。荒野にも似た雰囲気。遠くに見えるのは石でできた建物がある。「あれは何?ここ テーマパークかしら!」路奈は顔を上げた雲ひとつない青空。ただあるのはものすごく日差しの強いヒマワリのような太陽が輝いている。

「エルサレムは間もなくだ。一気に攻め滅ぼせ!」突然轟のような大声が聞こえたかと思うと、路奈のすぐ目の前を中世ヨーロッパの軍隊が突き進む。「エルサレムってイスラエル?」砂埃が舞う、路奈は慌てて右腕で顔の鼻と口を抑える。「これは、第一回十字軍よ。この年は1099年。間もなくエルサレム包囲網が始まるわ」路奈が顔を上げると、先ほどのエコーの声。しかしヒマワリの姿はない。

「え、わけわからない。どういうこと!」「さ、次行きましょうね」エコーがかかった声が終わると、また画面が抽象画。今度は赤を主体としているようだ。

「あ、あれ?」路奈はまた周囲を見渡した。ここは勾配のあるところ。山のようだ。そのまま見上げると頂上付近に立派な建物が見える。「あれ、お城。ここ日本かしら」
 路奈が山の上に立っている城らしい建物を眺める。上のほうが金色に輝きその下が赤い。「すごい個性的な城、えっとどこかで......」路奈は顔を上げて考える。また雲のない青空。同じようにヒマワリのような太陽が路奈の顔に照り付ける。
「大儀である。素晴らしい天主だな」貫禄のある野太い声が聞こえた。路奈が声をするほうを振り向くと、髷を結った武士のような出で立ちの男がふたりいる。その中のひとりは、西洋のマントのようなものを羽織っていた。
「は、これで安土にて号令をかけますれば、日本全国が信長様のものになるのは時間の問題かと」そう言ってひれ伏している男は、よく見れば顔がサルのようだ。「ハハッハハハア! 相変わらずうい奴じゃ。秀吉はのう」

「1576年のこの日は、安土城の天主が完成した日です」エコーの声が、路奈にささやく。
「あ、安土! じゃあ、あの人織田信長?」路奈が驚きのあまり、思わず大声を出す。
「うん?」信長と思われる男が路奈に気づく。「見たことのないオナゴ、曲者か!」秀吉と思われる男が、突然路奈をにらみつけると、刀を抜いた。

「危ない! 次行きましょう」エコーの声がすると、路奈に迫ってくる秀吉が消えて、三度抽象画の空間。今度は黄色が主体のようだ。

「ここは」また見慣れぬ風景。どうやら港町のようで海が見える。しかしそこに泊まっている船は帆船のようで、またどこか遠い過去であることに違いない。「いったいどこかしら」路奈は顔を上げるとはやり晴れていて、ヒマワリのような太陽が照り付けた。
「ここはカリブ海に浮かぶポートロイヤルの町よ」とエコーの声。「え、カリブ海!」
 路奈がエコーの声に聞き返すと、突然体が揺れる。その揺れは激しい「え、じ、地震」「1692年のこの日、ポートロイヤルで大地震が発生したわ」「ええ、うぁあああ」路奈が驚くのは無理もない。建物が崩れ始め、船は岸壁にぶつかって粉々になる。それだけではない。陸地がどんどん沈下していき、海がこっちに迫ってくる。「津波? これやばくない。逃げないと」路奈は海から逃げようとするが、まだ地面が揺れていて体が動く。だから前に進めない。「さ、次行きましょうね。さて次は」「も、もういいわ。元の時代に戻して!」

 路奈が大声で叫ぶ。すると周りの風景がぼやけるようになった。もうここがどこなのかわからなくなる。
「今までのがいろんな年代にあった6月7日の出来事よ。そうしたらあなたの希望通り、元の時代に戻りましょうね」エコーの声がすると風景が暗くなる。そして今度は抽象画の空間ではない。

「あ、あれ」気が付いたらソファーの上。路奈は知らぬ間に眠っていたようだ。「夢か。今何時?」
 時計を見ると12時5分「あれから5分しかたっていない。それにしてはずいぶん長かったような......」果たして無意識に寝ていた夢なのか。それとも本当にタイムトリップをしていたのだろうか? 確認のしようがない。

 路奈は花瓶のヒマワリを見る。別に声も出さないし、ただ黄色い鮮明な花を咲かせているだけ。だが路奈は不思議な体験で知った。6月7日のことがやけに気になる。そしてある重要なことを思い出す。
「あ、忘れてた。私ほんと馬鹿だよ。いくら忙しいからって、自分の誕生日忘れてるし」路奈は自分の誕生日である今日6月7日を思い出し、あきれて自分の頭を3回ほどたたいた。

 それはそうだろう。6月7日が誕生日なので、路奈の両親が路(6)奈(7)とつけたと言ってたのだから。
「ということは、そうか今朝買って帰ったヒマワリの花は、私自身への誕生日ね」路奈はそう言ってヒマワリを眺める。もちろんヒマワリは反応しない。それでも笑顔でうなづいているように路奈には見えるのだった。


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