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未来人が見た昭和レトロはリアルなの?第826話・4.29

「君は、本当に未来から来たようだね。気に入ったよ」と、偶然入った居酒屋で知り合った常連の親父は、上機嫌に杯を口に運んだ。

 ここは日帰り出張で来たある地方都市。無事に仕事は終わり、急げばその日のうちに帰られる。だが、「せっかくこの町に来たから」と一泊し、翌日帰ることにした。まあ翌日が休みということもあるのだけど。
 こうして駅前ホテル近くで、ひとりで飲めるような居酒屋がないかと探していると、駅前から続くアーケードの商店街の中。
 そこには時代から取り残されたような横丁があった。「いわゆる昭和レトロってやつだな」そう思って横丁内を歩いていると、気になる赤ちょうちんがある。さっそく中に入って食事を兼ねて飲むことにした。

 カウンターで酒を片手にひとり食事をしていると、常連とおもわれる60歳代の親父が隣の席に座る。最初は気にしていなかったが、常連の方が色々話しかけてきた。まあこういう場面では地元の人との一期一会も良いかと、話に応じてみた。すると面白いことに意気投合。「もう一軒行こう」となったのだ。

 常連の親父に言わせると「未来から来た人だろう」という。何のことだかわからないが、そんなこと言われると、確かに目の前の親父も店の雰囲気ぴったりの昭和の雰囲気が残っているような気がした。
 ここでは各々が清算したが、親父は次の店は奢るという。すでにほろ酔い気分。まあ帰ってもホテルの部屋で、軽く飲んで寝るだけだからと、親父の誘いに乗ることにした。
 店を出て親父についていく。相変わらずの昭和レトロな横丁。平成生まれにすれば、歴史上の存在にすぎないけど、誘ってくれた親父は、恐らくリアルに昭和を知っているのだろう。

「ちょっと歩くが、駅の近くだ」と親父が横丁を出る。横丁を出ると、先ほどのアーケードの商店街に戻ったが、その時目を疑った。「あれ、店が違う」結構飲んではいるが、泥酔しているわけではない。本当にほろ酔い気分。
「おかしいな、あそこにあった携帯電話のショップが...…」先ほどと店が入れ替わっている。まるで横丁の雰囲気そのままに、アーケードの中も昭和レトロの雰囲気。すれ違う人も今の服装とは違うレトロな装い。
「え、そんなに飲んだ?」親父の後を追いながら、スマホを取り出し今の時刻を見る。「あれ?」スマホは圏外になっていた。「街中で圏外...…」さらに時刻の表記がおかしくてエラーになっている。

「ごめんなさい、やっぱり帰ります」ちょっと飲み過ぎたのではと思い、帰ろうとすると。親父が怪訝そうに「急にどうしたんだ?」
「どうも酔っているような」そう言って指をある方向にさす。「あそこって確か携帯のショップですよね」ここで親父は不振そうな表情をした。
「ケイタイ?」なんだそれは?「いやスマホですよ」とスマホを見せる。親父は驚いた表情をしながら笑顔になり。
「ほう、やっぱり未来人だ、こんな不思議な見たこともない機械ものを持っている」親父はスマホの存在も使い方もわからないのか、スマホを前後左右に手で振りながら眺めている。ただ好奇心は旺盛なようだ。

 親父にスマホを返してもらうと「そこだよ」と一軒のバーに連れていかれた。「ここは先月オープンした、新しいバーだ」「先月ということは令和4年ですか?」と問い返すと「はあ?なんだレイワって。君は本当に未来人だなあ面白いよ。今年は昭和57年、西暦言えば1982年だけどさ」

「え、今から40年前!」と頭で考えている間に、親父がそのまま店の中に入る。後を追うように店に入れば、中には若い人が大勢いるが、ファッションは今とは違う。親父は空いているカウンター席に座る。
「未来人、いやあいいねえ、そのなりきった発想。俺ホント好きだよ。お礼にここでは一杯奢るよ。俺はウイスキーのロックだ、一緒にそれ頼んどいてちょっとトイレに行ってくる」といって親父はすぐに席を立つ。

「まあ、同じでいいか」親父と同じものを注文。
 親父よりも先にウィスキーがカウンターのテーブルに運ばれた。普段はウイスキーなどあまり飲まないが、飲めないわけではない。ウイスキーのほのかな香りを鼻で嗅ぐと、非常に心地よい。更なる余韻を楽しもうとゆっくりと口につけた。

「おう、遅くなったな」と突然横に来たのは20歳代の若者。「え?だれ?」思わず口走った。「おい、未来人、何言ってんだ。俺、トイレから戻ってきただけだ」と若者が不思議そう。でも口は笑顔。だが、これにはさすがに怖いものを覚える。恐怖を隠すようにグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干した。「あ、ごめんなさい。やっぱり帰ります」そういうと、そのまま席を立つ。
「未来人、なんか突き合わせて悪かったな。じゃあまたな」と若者も戸惑いながらも手を振ってくれた。
「とりあえず出よう。何かおかしい」そのまま突然現れた若者に頭を下げて
店のドアを開ける。 

「あれ?」外を出ると居酒屋に入る前と同じ風景に戻っていた。遠くに見える携帯のショップ。後ろを振り返ると、先ほどのバーがあるが、ずいぶん古びている。もういちどドアを開けると、雰囲気は先ほどと同じだが、大きく「40周年」と書かれた紙が張り出されていた。

「おう、さっきの未来人。どうした?忘れ物か」先ほど居酒屋でいた親父がいて、声をかけてくる。親父の右手にはスマホ。「あれ、元に戻っている?」ここで慌てて自分のスマホを確認して見ると、電波も入っており元の日付時刻に戻っている。

「あ、ごめんなさい。やっぱり戻ってきました。もうちょっとお話したいと思ったので。あ、二杯目からは自分で払いますから、もう少し付き合いますね」そう言って、再び親父の隣の席に座るのだった。





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