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PMの仕事 第1081話・1.17

「プロダクトマネージャーは、いきなりなぜ?」しばし勉強をすることにしたことが幸いしたのか、今日の上原は頭が冴えていた。勉強したのは、所属する部署に新しいプロダクトマネージャが上司として配属されるからである。

「長期入院で休職中の若林課長の後任として先斗(ぽんと)君が、プロダクト課の課長として赴任が決まった。彼は外資系企業で鍛えられているから、期待しているんだ」
 前課長が職場で突然倒れてから1か月、一命はとりとめたが、いまだに集中治療室にいて、復帰の見込みは立っていない。しばらくは部長がプロダクト課の課長を兼任していたが、ようやく新しい課長として先斗課長が来ると聞いたのは昨日の午後。

 そのようなこともあり、上原はしばし勉強をした。部長の話では先斗課長はプロダクトマネージャとしての経験が豊富な即戦力と聞いたからだ。
 主任という立場である上原は、新しい上司に無能ぶりは出したくない。プロダクトマネージャーについて改めて勉強する。それから部長から聞いた先斗課長の以前いた会社のことなど。
 こうして深夜まで本を読んで勉強したためか、今日は肩が凝っていて歯が浮いたようになっている。通勤途中で何度腕と肩を回したことか。

 朝礼では予定通り部長から紹介されて現れた先斗課長。40歳代前半らしいが、見た目が若々しい。ジムなどで耐えているのだろうか?筋肉質のような気がする。それはともかく朝の就任のあいさつでいきなり、「今日皆さんとの初仕事は午後からとします。午前中は私は部長と得意先に回りますので、午後1時30分にポンタマウンテンの登山口に全員集合してください」と言ったのだ。

「ポンタマウンテンに?」「いったいなぜそんなところに行くの」朝礼が終わるとすぐに部長と共にでかけた先斗課長の事について、部署のみんなはざわつく。ポンタマウンテンとは、会社から30分もかからないところにある小さな山で、本当は別の名前だがいつしかそういう愛称がついている。 
 ハイキングコースなので道は舗装されていないが、小学生の低学年でも登れるような簡単な山だ。ちょうど先月妻とふたりの小学生の息子で、ピクニックで登ったところである。

「だけど、新しい上司の命令だ。みんな午後に行くぞ」主任という立場上、一応リーダーシップを発揮した上原。メンバーはそれに従うが、上原にとっても新しい課長の動きが予想できず気になって仕方がない。
 こうして午前中が終わりお昼休みが終わる。あらかじめ午後1時に会社の玄関で待ち合わせした部署のメンバー全員が一斉に歩き出す。

「プロダクトマネージャーが新しいプロジェクトマネージャーを兼任するのはともかく、最初の仕事が午後って、PMよね」「それもマネージャの名前が先斗正彦っていうんだから略したらPM」「それもポンタマウンテンに登山とか、これもPMだよ」メンバーはざわつく。だが主任として、部署のメンバーの動揺をこれ以上広げてはいけない。
 上原は前に立って「普段中の仕事だからたまにはいいんじゃないか。どんなことをするのか楽しみだ」と意図的に笑顔になって大声を出す。それでようやく部署のメンバーのざわつきが収まった。

 
 こうしてポンタマウンテンの登山口に来ると、先斗課長がスーツに大きなリュックを背負っていた。課長は上原をはじめメンバーの顔を見ながら「よし頂上を目指そう!」と気合を入れると。我先に登って行った。
「そんな大した山では」と思ったが、スーツ姿で勝つ革靴を履いているのに山道を登るとは、みんな戸惑った。さすがに新任の課長がいるのでざわつかない。それでも山道は心地よく、午後の日差しがまぶしい。上原自体は午後のPMの時間帯で、こんな仕事は楽しいと思っていた。
 こうして30分ほど山道を登ると、広場のようなところに出る。ポンタマウンテンの頂上だ。
「どうだ、登山はいいだろう」課長は笑顔で白い歯を見せる。だがメンバーのみんなはやや白け気味の表情をしていた。「まずい空気!」と思った上原は。「そうですね。気持ちいいです!」と大声を出すと、今度は大げさな表現をして両腕を伸ばして手を回した。ただこのころにはひどい肩こりは収まっている。

「さ、ここでみんなにこれを飲んでほしい」と、課長が大きなリュックから小さな缶コーヒーを手渡す。小さいとはいえ20本以上の缶コーヒー、課長はひとりでそれを背負っていたらしい。

「いただきます」そう言ってみんながコーヒーを飲む。どこにでもある市販のコーヒーなので味はまあ普通だ。「どうだ、ハイキングをしてコーヒーを飲むときに、もっとおいしいコーヒーを飲みたいくないか!」
 課長が爽やかに声を出した。
「だから今回は山登りをしたときに飲む美味しいコーヒーというコンセプトでの新しい商品つまりプロダクトを開発するためのプロジェクトを今からスタートする。私はプロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーを兼任するが、どんな商品がいいのかみんなで考えてほしいというわけだ」 と、熱く語る課長。

「山登りの時の飲む美味しいコーヒーのプロダクトね」なんとなく意図は分かった。ただそのあとの言葉に少し疑問を持つ。「これから毎週月曜日のPMつまり午後にPMことポンタマウンテンにみんなで登る。こうして新しいプロダクトのアイデアを集めよう。どうだPMが4つも重なった仕事だぞ、あ、ハハハハア!」
 メンバーが呆れた表情をしているのも気づいていないのか、ひとりで受けて声に出して笑う課長。
 「でも」といいかけた上原は口を押えた。それを言うなら課長の名前が先斗正彦だから5つPMがつくだろうと。

 なお課長はみんなからPMというあだ名がついたことは言うまでもない。


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