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ベッドを作る? 第589話・9.3

「ホアちゃん、体調は大丈夫?」石田圭は、妻のベトナム人ホアの部屋に来て声をかけた。7月の半ばにふたりにとって初めての子、男の子が誕生した。安産だったが、ホアはしばらく体調がすぐれなかったので、圭は心配している。
 部屋に入ると圭は安心した。元気そうなホア。まだほとんど目を閉じたままの赤ちゃんを、笑顔であやしている。「あ、圭さん、幸ちゃんいつも寝ているの」
「そりゃまだ生まれて1月ちょっとだからな。いろんなひとの話によると半年くらいすると夜泣きをするらしいんだ。そうなったら本当に大変らしいからな」「そうなっても私は平気だよ、だって私の体から出てきた子だから」ホアはそう言って笑顔をみせる。でも視線は一瞬だけ圭を見たが、すぐに生まれた赤ちゃんの方を向いたまま。
 
「でも、ホアちゃんがどうしても、この子の名前にベトナムの越という漢字を入れたいとかいうから、どうしようかと思った。越が付いている男の子の名前ってあったかなって」
「でも、やっぱり幸ちゃんは日本人として育てるにしても、私の故郷のことを気にしてほしいもん」そういって突然真顔になるホア。だけどそれは、圭にとって大好きなホアの表情のひとつ。
「だから探したよ。でもあるんだな。この子が幸せになってほしいとの願いで、幸と越で幸越(こうえつ)だもんな。名付け親が言うのもなんだが、これはいい名前だ」圭はそう言って口元を緩ませた。

「本当に気持ちよさそうに寝ているわ」小さなベビーベッドで眠っている子供。ふたりが覗いているのは顔の真ん中にある鼻である。できたばかりとわかるような、艶のある小さな鼻。でも大人同様に小さな2つの穴があった。そしてしっかりと機能しているのがわかる。それは呼吸により、ほんのわずかだけど、顔の下の体の部分を覆う横隔膜が、定期的に動いているのが見えるからだ。
「そうだ、圭さん思い出した。言わないといけないことがあったんだ」「ホアちゃんどうしたの?」「ベッド買ったよ」「うん、この子のだろ」「じゃなくて私たちの」

「え、ベッドかったの!」圭は相談もなしにベッドを買ったという、ホアの行動に次の言葉が出ない。
「だって、この子は新しいベッドで気持ちよさそうに寝ているの。でも私たちは、直接床に布団を引いて寝ているのがちょっと嫌だったの」「......」圭は黙り込んだまま。
「そしたら安いのがあったからネットで買っちゃった」ここでようやく圭が口を開く。「いや、安いとかって、買う前に一言相談してほしかったな」
「大丈夫だって、本当にいいのだったから」ホアは笑顔を圭に振り向ける。圭は思わずため息をつく。でもホアが衝動買いすることは。たまにあるのである程度は慣れていた。

「今日来る予定なんだ。スノコベッドって書いてあったよ」
「すのこ......」圭は嫌な予感がした。「あの、すのこって風呂場の床に置くものだよ。それがベッド??」などと言っていたら、玄関のインターフォンが鳴った。ドアの外には宅配業者の姿がある。

ーーーー
「ベッドって聞いたから大きいのが来るのかと思ったら、意外に小さいな」
「うん。これを自分たちで作らないといけないみたい」
「作るというより組み立てるだよな。でも俺、DIYあんまりやらないけど、できるかな」

「でも、やるしかないじゃん」やや無責任にも聞こえる、ホアのひとこと。一瞬圭は不快になった。とはいえ買ったものを今更返品と言うのも面倒だと思った圭は、黙って取扱説明書を見る。
 そして10分後「よしやってみよう、なるほど工具類もついているな」説明書を一通り見た圭は、自信ありげに答える。ところがホアはいつの間にか、赤ちゃんの方に行っていた。

「ああ、ホアちゃん。いいか、とりあえずえっと、この板とこの板を」
 こうして圭はベッド造りを開始した。作るというより組み立てるだけで、必要な工具やねじ類は、すべてついているものを使うだけ。その上ねじ類については予備まであった。
 圭は淡々と組み立て始める。始めてから10分くらいしてホアが戻ってきた。「圭さん何したらいい」と言ってくれたので、圭はさっそく指示を出す。

 こうして最初にベッドの枠を組み立てていく。止めるところもわかりやすく、最初に仮止め、後からしっかり本止めをするように書いてある。
「ここ、ネジが止めにくい」しばらくすると圭が弱気なことを言った。どうやら狭い部分なので、ネジを止めるのに時間がかかる場所のようだ。
「じゃあ私やるよ」と、ホアが圭に代わって作業を始めた。手先はホアの方が器用で、あっという間に難所を片付けていく。
「枠ができた。ほう、すのこと聞いたからどんなのかと思ったけど、ちゃんとベッドになっている」
「圭さん、あとこれがあるよ」ホアが手に持っていたのは、すのこの上の部分。長方形の板数枚が、ベルトのようなもので上下が付けられていた。それはアコーディオンのように伸び縮みする。ふたりはそれを枠の上に乗せた。あとはネジで止めたら完成だ。

「おお、できた。ベッドだよホアちゃん」圭が嬉しそうに笑顔になる。「圭さん、さっそく布団を置きましょう」ホアは嬉しそうに、押し入れからマットや掛布団を取り出してベッドの上に置いた。

ーーーーーー

 こうして夜を迎える。「ベッドがあるなんて、不思議な感じだな」
「圭さん、これ気持ちいいよ」すでにパジャマ姿のホアが、ベッドの真ん中で横たわっていた。そしてベッドと床との高さのあるところに足を投げ出して、ぶらぶらと交互に足を動かす。
「ホアちゃん気が早いな。でも見ていて、気持ちよさそう」
 それをみた圭もいつもより早く床に就くことにした。早速パジャマに着替える。こうしてふたりは、仲良くできたばかりのベッドに入って、ゆったりと眠るのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 5891000

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