将軍への道のり

単独作品ですが、こちらの続きでもあります。
----

「あれ、どうなっているんだ?」石田圭は、突然暗闇の中に紛れ込んだ。
「ホアちゃんはどこ? 何一体。昨日陳君が変なメッセージ送ってきたから俺までもおかしくなったって!」
 圭は混乱した頭を落ち着かせようと深呼吸した。するとようやく情景が見えてくる。うす暗いが、どうやらどこかの座敷のよう。正面にはふすまらしきものが見える。「よし、ふすまを開けてみよう」
 圭はふすまのほうに向かった。近づくとそれなりの年齢が進んだふたりの男性の声が聞こえる。しかしいずれも威厳のある口調だ。
「お、穴?」圭はふすまの端に穴が開いているのを見つける。それを覗いてみると、ふすまの先では、ちょんまげ姿のふたりの初老の男がいた。

----

「上様。いよいよ朝廷からの勅使がくる2月12日ですな」「正信よそうじゃ。これで戦国の世は終わる」「3年前にあの石田を倒してから事実上、上様が天下人になったとはいえ、やはり権威があるのとないのとでは」
「石田? 俺の苗字じゃんか」圭は心の中でつぶやく。

 正信と呼ばれる男におだてられる上様は、不敵な笑みを浮かべる。
「三成のことか。まあ彼なりにあそこまでやったことは大したものじゃ。だが、秀吉様のカリスマで天下が統一されたとはいえ、その後の秀頼様では国が割れてしまう。三成の気持ちもわかるが、ここはワシがすべてを抑えるしかなかったからな」

「当然でございます。秀吉様の時代、すでに内大臣であられた上様こそ、天下を取るべき人物。この新しい江戸の町もますます発展の兆し。
 東国に幕府ができるのは、鎌倉以来でございますな」正信がおだてるのがうまいのか? 上様は終始上機嫌。

「そう、頼朝公以来引き継がれてきた源氏長者として、明日はよいよ勅使を迎える。三河の小さな当主の子として、今川や織田に人質になっていたことが懐かしい」上様はそう言うと視線を遠くに向けて過去の記憶をよみがえらせた。
「あれから少しずつ力をためて、いよいよ征夷大将軍になる。こうして江戸幕府を開府すれば、戦国に代わる新しい時代が来るのじゃ。ハッハハハ!」
 ここで上様は大いに笑う。
「それから正信よ、こうして正式に幕府が誕生したからには、いよいよ本格的に海外に進出するぞ」

「ま、まさか!」正信の声が変わる。
「何を心配しておるのじゃ。ワシは、秀吉様のように出兵して領土を広げようなどという野望は持っておらん。交易で儲けるのじゃ」

「なるほど、では明国やあと朝鮮」「朝鮮国には政権が変わったことを伝え、秀吉様の時代のことを水に流したいと伝えようと思う。あとは琉球」

「あ、あの南の小さな島国ですな」正信の問いに大きく家康は頷いた。
「あそこは、薩摩の島津にくれてやろう。関ヶ原での堂々たる離脱。悔しいが、武士としては素晴らしいとホレ込んだわ。とはいえ侮れぬ奴ら。琉球をくれてやる代わりに幕府に従ってもらう」

「さすがは上様。琉球を自由にできれば、薩摩もとりあえず黙りましょう」
「じゃが、ワシはそれよりもっと南の国。安南や交趾(こうち)、それからシャム、ルソン、あとはマレーにあるパタニなどの国々と外交関係を作る。そして許可を得た朱印船を出す予定だ」
 上様は次々と野望を熱く語る。

「上様が命じられた大型船が次々と完成。武力ではなく平和裏に勝利と」「そう、もう戦の時代は終わった。正信よこれからは平和な時代が来る」

「交趾ってベトナムの中部のことだ。そうか中部のホイアンには日本人町がある。ホアちゃんと一度だけ行った。あの日本橋が懐かしい」圭はホアと言ったベトナム旅行の記憶をよみがえらせる。

画像1

「し、しかし」「うん?」ここで正信は突然かしこまって頭をを下げた。「上様に一時離反したこと、この正信今でも後悔しております」
「正信。三河の一向一揆のことなどもう終わったことだ。ワシの元に帰参してからの働きは立派であるぞ。

 そして嫡男の正純も徳川のために働いているではないか。ワシは間もなく将軍になるが、1年程度で秀忠に譲るつもりじゃ。そのときには正信も正純も、本多家はこれまで以上に徳川のために頑張ってもらわねばならん。少なくとも豊臣と違い、確実に徳川の将軍職を子孫に譲る体制を作る」

「そうか、わかった。あの上様は徳川家康か!」圭は驚きのあまり、体がふすまにぶつかり音がした。

「ん?」家康の顔色が変わる。「上様失礼」同様に顔色が変わった正信は、刀に手を書けると、圭のほうに向く。「しまった。ここで聞いてたのバレちゃった?」
 圭はかたまり、生唾を飲み込む。直後に喉に入る音が聞こえる。その間に正信は小刀のほうを鞘から出すと。「曲者!」と大声を出して、圭のいるふすまを突き刺す。

「ああ!」思わず目をつぶる圭。直後、正面ではなく、なぜか後頭部に激痛が走った。

ーーーー
「あれ、あ。ホアちゃん?」圭は眠っていたようだ。
「圭さん!」ホアが圭をにらみつける。「何度も起こしたのに気づかない。だから叩いて、やっとだ」
「それで激痛か。ああごめん。ちょっと徳川家康に会ってたみたい」
「はあ? トクガワイエヤス? 圭さん! その本の読みすぎ」
 圭の横には3日前に図書館で借りてきた徳川家康の一生をつづった伝記本が置いている。

「そんなことより、旧正月テトの料理ができたんだ。食べよう」ホアの表情がいつもの笑顔に戻る。
「あ、そうかホアちゃんテト料理作ってたんだ。何に作ったの」
「本当はもっと色々作りたいけど、できないからこれにしたよ。Thit Kho Nuoc Dua(豚肉のココナッツジュース煮)」

 圭はテーブルに向かうと、既に真ん中にココナッツジュースで煮込んだ豚肉の塊とゆで卵が置いていた。
「おお! 美味しそうだ。さっそく頂こう」

 こうして圭は、豚肉を箸で一口大にすると口元に近づけた。口に入った豚肉の中には煮汁が水を吸い取ったスポンジのようにしみ込んでいる。
 それに歯を入れると、その煮汁が口の中に出てくるのだ。ココナッツジュースはココナッツミルクのように白くて濃厚のものではない。そのためか嫌みの無い甘味が口の中を覆いつくす。
 何度も噛み締めていくと旨味が至福のひとときを与えてくれる。脂身は関係ないが、赤身の肉のほうは途中で筋のようなものが歯の間には挟まってしまう。だからつまようじが必須。だがそのほとんどは喉を通じて胃袋のほうに流される。

「いやあ、ベトナムの味だ。ホアちゃん料理の腕上げたね」
 圭は嬉しそうにつぶやくと、ホアも嬉しそうに「Cảm ơn (ありがとう)とベトナム語で返した。

「そうそう、ホアちゃん。徳川家康はベトナムと朱印船で貿易していたんだよ」「あれ、トクガワは鎖国じゃないの」
「それは3代将軍からだよ。夢だけど家康に会ってからこれ食べただろ。ふと家康もベトナム料理を口にしたのかなんてね」

 ホアは圭のいうことが半分理解できないが、少なくとも自分が作った料理を評価してくれたので、もはやどうでも良いのだった。



こちら伴走中:30日目(無事にゴールしました!)

※次の企画募集中
 ↓ 

皆さんの画像をお借りします

こちら現在無料キャンペーン中
  ↓ 


こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます

https://www.amazon.co.jp/s?i=digital-text&rh=p_27%3A%E6%97%85%E9%87%8E%E3%81%9D%E3%82%88%E3%81%8B%E3%81%9C

ーーーーーーーーーーーーーーー
シリーズ 日々掌編短編小説 388

#小説 #掌編 #短編 #短編小説 #掌編小説 #ショートショート #30日noteマラソン #徳川家康 #歴史小説 #江戸幕府 #旧正月 #テト料理 #圭とホア

この記事が参加している募集

#最近の学び

181,254件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?