鳥女の叫び 第914話・7.27
「おい、秀吉よ聞け!」ここは大阪市内の中心にある大阪城公園。目の前にコンクリートでできた大阪城天守閣がそびえている。
天守閣の中に入ろうと、いつものように観光客の姿が見えていたが、ここで突然大声を出す女が現れ、観光客が一斉にその方向に視線をぶつけた。
「これはてめえが作った城となっているが、今ではコンクリートで全くの別物なんだぜ!」再び女は叫んだ。女は天守閣に向けて大声を張り上げているが、そのいでたちからして明らかにおかしい。青い鳥の頭の形をしたヘルメットのような帽子をかぶり、翼をつけている。さらに弓矢のようなものを持っていた。
観光客たちは当初驚いて、ほぼ全員この鳥女を見つめていたが、そのうちの3分の1はすぐに興味をなくし歩いて行く。場所が場所だけに、物好きな若者のパフォーマンスのようにも見えたからだ。
それでも女への視線は引き続いている。だが女は、そんな観光客の姿が見えていないかのようにまったく動揺することがない。ただ自らの思いなのか、また大声を天守閣向けて叫びだした。
「秀吉!てめえが作った城にはもともと本願寺があっただろう。そんなところに城作ってんじゃねえ!」
この女、いでたちとは裏腹に、どうやら歴史のことが詳しいようだ。しかし、女が天守閣で大声を張り上げていることを聞きつけた警備員が現れ、様子をうかがっている。
「そんなことしているから、てめえの息子の時に攻め滅ぼされたんだよ。秀吉よ、攻めてきた徳川が憎いか、おい!一言言ってみろよ」
女が言っていることは歴史的な出来事ではあるが、言動に違和感がある。真顔で叫んでいてパフォーマンスのように思えない。観光客のうちこの珍騒動が気になる人は立ち止まり、いつしか女の周りをかこっている。その中には動画を撮影している男の姿もある。「これは後でUPすれば稼げるぜ」男は心の中で呟きながらカメラを回す。
女の直前では警備員たちの数も増えていた。もしかしたら精神的におかしくなっているかもしれない目の前の女が、周りの観光客に危害を及ぼさないか警戒している。
ここで鳥女が叫ぶのをやめ、手に持っていた弓矢を天守閣に向けた。それまで静かに眺めていた警備員は「まずい」とばかりに女に近寄り。「危ないものを持たないでください」と女に警告。女は警告した警備員に気づき一瞥したが、何も語らない。
「お願いです。他のお客様の迷惑です。危ないものから手を放しなさい!」再び警告を発する警備員。顔が引きつっている。だが女は対照的に突然笑った。「あ、ハハッハハア!秀吉よ、お前はこんな奴らに守られているのか。愚か者が、あ、ハハハハ!」
遠くからパトカーの音が聞こえた。誰かが警察に通報したらしい。10人以上の警官隊が近づいてくる。警備員たちは警察の姿を見ると内心安心したのか顔の表情が緩んだ。警備員に入れ替わるように警察官が女を囲む。
「おい、物騒なものを話しなさい!観光客に危害を与えるな。君の言い分は署で聞こう」警察官が語り掛けた。警察としてはこの鳥女はどういう犯罪に該当するか慎重に見極める。弓矢が銃刀法違反になるのかどうか?観光客に危害があれば即逮捕できるが、それを待つのもおかしい話。
とりあえず女の身柄を拘束さえすれば、女がなぜこんな意味のわからないことをし始めたのかがわかる。警察官達は女に気づかれないようにすり足で、女との距離を少しずつ近づけた。右手に警棒を持つもの、不測の事態に備え拳銃に手をかけるものなど、警察官によっても対応がまちまちだ。
「皆さん、危険です。離れてください」女のことを警察官に任せた警備員たちは野次馬同様に群がっている観光客に声をかけた。これで多くの観光客は離れたが一部は残っている。例の動画撮影の男も、もちろん残っていた。
そんな中、どんどん追いつめられる鳥女だが、彼女は全くおびえていない。「秀吉よ!21世紀の警察官が来たぞ。ほほう、てめえの時代の武士と比べてどうだ、武器こそ新しいが、戦闘力は低そうだろう。おい、どう思っているんだ。大体てめえ、名古屋生まれのくせにさ、大阪の代表みたいな面してんじゃねえぞ!」女はまたしても天守閣相手に大声で叫ぶ。
警察官はさらに近づき、女までの距離、半径2メートル以内に入った。ここまでくれば一気に女にとびかかれば、身柄拘束は可能だ。
「もう拘束しかあるまい。大阪の観光地を騒がした罪だ」「よし行くぞ!」鳥女が天守閣をひたすら睨んでいるから隙だらけ。警官は一斉に鳥女にとびかかった。
「ぐ、ぎゃああ」警察官が飛び込んだ瞬間に大声が聞こえる。誰もが鳥女を拘束したかに見えた。男のカメラもその状況をとらえている。だが違った。警察官の塊から、突然女は翼を広げ上空に飛び出したのだ。
「な、なに!」警官は驚き一斉に拳銃を鳥女に構える。男のカメラも鳥女に合わせた。「急所は外せ、腕のあたりを狙え!」警察の指揮官の命によりついに拳銃が放たれる。その瞬間、男以外の観光客は一目散に逃げた。
「ハハハハハア!」だが拳銃の弾は鳥女に当たらない。鳥女はそのままさらに高く飛ぶと、一気に天守閣のてっぺんに上る。そして天守閣の屋根の上から下を向いて大声で叫んだ。
「秀吉よ!今日のところは許してやろう、今度は許さないからな!」というとさらに飛び立ち、一気にはるか上空に急上昇。肉眼からは消え去った。
「い、いったい」唖然とする警察官と警備員。「念のために上空の監視を」とあわただしく連絡を取り合う警察官たち。
逃げていながらも遠くで様子を見ていた観光客たちは引きつったまま、今起こった不思議な出来事に首をかしげる。さて動画撮影にチャレンジした男であるが、動画を確認した。ここで男は思わず目を見開く。再生した画像に警察官の姿は映っていても鳥女はいっさい映っていないのだ。
「なぜ、すべてにおいて不思議な鳥女は幻なのか......」撮影にチャレンジした男はあきれた表情で空を見上げた。すると鳥の糞が男の額に当たる。「え!」男は鳥の糞を落としたところから上を見た。
そこには鳥女が、かぶっていたヘルメットとそっくりの頭をした小鳥の姿があり、すぐに遠くに飛び立つ。「まさか!」男は鳥女の正体があの小鳥ではと想像するのだった。
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