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屏風の虎 第716話・1.09

「どうしたの?萌ちゃん。浮かない顔して」蒲生久美子は、百合パートナーの伊豆萌が元気のない表情をしているので心配した。
「あ、久美子さん、ち、ちょっとね」と、はっきりと言わない萌。久美子は余計に心配になり萌の両手をつかんだ。「どうして私に隠しごとをするの?それはダメよ」
 萌は久美子に手を握られると力が抜けてしまう。ゆっくりと久美子にもたれかけて目をつぶる。そんな萌を見た久美子は萌の頭を何度もゆっくりとなでた。
「さあ、いってごらん、萌ちゃんどうしたの」「あ、はい久美子さん実は」萌はようやく口を開いた。

「私、変な夢を見たの」「変な夢?」久美子に対して静かにうなづく萌。
「実は私、金屏風の中に閉じ込められた夢を見て」「え?」
「突然周りが金色なの。だから距離とか上下とかそういうのが分からなくて、困っていたら、遠くから何か近づいてきたの」
「何が来たの?」「虎がゆっくりと私に向かってきたの」「それでどうなった」「私は逃げようとして走ったけど、周りがどこも金色だから走っても走っても金色しか見えなくて」「虎は?」「虎はどんどん近づいてきた感じがしたの。でも怖くて振り返らえられなかった」
「でも、萌ちゃん、それは夢よね」「はい、でも気味が悪くて」萌は久美子にしがみついた。
「あの屏風のせいね」久美子は、部屋の隅に置いていた虎が描かれた金屏風を見た。「あの虎が悪いのね。骨董品屋の処分セールで、衝動買いしたのが良くなかったわ」久美子の声に一瞬睨んでいた虎が反応したかのように見えたが、久美子は気づかない。

「そうだ、萌ちゃん。一休さんの虎のとんち話って知っている」「あ、聞いたことあります。でも詳しくは」「そう、教えてあげるわ」久美子はそう言って語りだす。萌はいったん久美子から離れて正面を向いた。

あると殿さまがお城に一休さんを招き入れた。「さっそくじゃが、そこにある屏風のトラをしばってほしい。夜中に屏風から抜け出して悪い事ばかりするので、ほとほと困っておったのじゃ」
もちろん、屏風に描かれた絵のトラが出てくるはずはない。でも有名な絵描きが描いた、屏風のトラは牙を剥き、今にも襲いかかってきそう。
ここで一休さんは「本当に、すごいトラだ。それでは、しばりあげましょう。縄を、用意してください」と言った。「おおっ、やってくれるか」と嬉しそうな殿さま。
「はい。もちろんですとも」一休さんはそう言うと、ねじり鉢巻きをして腕まくりをしました。「家来が持ってきた縄を受け取ると、一休さんは殿さまに頼んだ」「それでは、トラを屏風から追い出してください。すぐに、しばりましょう」それを聞いた殿さま。「何を言うか! 屏風に描かれたトラを、追い出せるわけがなかろうが」
 すると一休さんは、にっこり笑ってこう言いました。「それでは、屏風からはトラは出て来ないのですね。安心しました。いくら私でも、出てこないトラをしばる事は出来ませんからね」
 それを聞いて、殿さまは思わず手を叩いて喜んだ。

「へえ、面白い。一休さんってすごいわ」「そうよね。でも、私決めたわ。あの屏風は部屋から片付ける。萌ちゃんが悪夢を見るのが良くないからね」

 ところが、萌の返事がない。「あれ、萌ちゃん」久美子が見たら先ほどまで、目の前にいた萌がいなくなっている。
「え、萌ちゃん。どこ行ったのあれ?」久美子が萌を探すがいない。ふと屏風の虎と目が合う。すると虎は鋭い視線を久美子にぶつけてくる。
「ああ、もうこれ買って損した!」久美子は即座に屏風を片付けようと屏風に近づいた。すると、屏風の虎が動き出す。「え、動いた?」久美子はその場で固まった。虎は動きながら大きく口を開け牙を剥ける。そして吠えた声が部屋中に響き渡った。「ちょっと、何、どういうこと」久美子は慌てる。「ねえ、萌ちゃんどこいったの!」久美子は大声を出すが萌からの返答はない。久美子は再び屏風に視線を置くと、虎が屏風から出てきた。「なんで? ありえない。一休さんも屏風から出ないって言ってたのに」久美子は狼狽するが、体半分を外に出し、立体感ある虎のボディは、動物園で見る虎と何らそん色はない。

「ひ、ひぃーちょっと、こっち来ないで!」久美子は顔色が変わる。その場から逃げようとするが腰を抜かしてしまった。虎は体を半部は屏風から出たがそれ以上は前進しない。ただ大きく口を開けてまた吠える。「ひぃいいいい!いやあああああ!」久美子は虎に対抗するように大声で叫んだ。

ーーーーーー
「ちょっと、久美子さん、大丈夫ですか?」「え、あ、ああ夢か」久美子が気づいたら横に萌が心配そうな表情。「いつもの時間に、起きてこないから心配しました。そしたら突然寝言で叫ぶから」
「あ、ああ、ゴメン。私も萌ちゃんみたいに悪夢を見てたみたい」
「悪夢?私、最近変な夢見てないです」「え、ああ、あれも夢か」久美子の頭の中が徐々に整理されてきた。
「それよりも久美子さん、この前欲しいと言ってた屏風ですが、いいの見つけました」とタブレットを持ってくる萌。「これ?」久美子が見ると虎を描いた屏風であった。
「久美子さん、こういうの欲しいて言ってましたよね。ほら今なら定価の7割引き。それにポイントが5倍もつくんです。これ買いますね」
 と笑顔の萌。久美子は慌てて止める。「いや、萌ちゃん。その虎はやめましょう」「え?久美子さんが、虎欲しいって」
 久美子の意外な答えに戸惑う萌。「いや、いいの。屏風買っていいけど、その虎以外の柄にしましょうね」とタブレットを萌から奪い取って、別の商品を探す久美子であった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 716/1000

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