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農園の精霊

「やっぱりだめか。そろそろ無理かしら」
 私は緑のうっそうとした山が迫った広々とした里山で、小さな農園『コスモスファーム』を経営している。ここはひとつの種類を数多く出している農園ではない。数多くの種類の野菜を栽培していた。だから季節ごとにいろんな野菜が育ち、そして出荷するの。方法はネットの通販や畑の近くで月一回開催しているマルシェでの即売。それから一部の作物は近くのJAに持ち込む。

 だから扱っている農作物は多岐にわたる。誰もが知っている野菜もあれば、七草になるような珍しい薬草。それに、本来日本にはないエスニック料理で使うようなものも植えているの。その中のひとつがカレーリーフ。
「あれから3年ね」

 まだ私がこの場所を借りて農家を始めて間の無いころ。他の人がやっているような作物では厳しいと思ったから、特に珍しい作物に積極的にチャレンジしたの。その中にカレーリーフがあった。
「インド料理が好きなコアなファンの獲得ができる」私はそう思ってカレーリーフの苗を手に入れて、農園の端に植えた。
「全く期待してなかったけど。逆にそれが良かったのかしら」

 予想に反してカレーリーフは育ち、昨年までは結構葉が出きたから、それをネットで販売したわ。予想通り大人気。
 ところが昨年の秋に、台風並みの突風が吹いたことがあった。そのときにカレーリーフの木の枝が破損したの。「新しい芽が生えるかなぁ」私は今まで本当にカレーリーフの生命力の強さを見せつけてくれたから期待した。
 でも冬が過ぎて春になろうというのに、枯れ木に近い状況のまま。
「これは覚悟が必要ね」私はため息をつくと、彼・一郎が次の休みになるこの週末に、このカレーリーフの木を伐採してもらうことを決めた。

「あれ?」突然人の気配がする。ここは人里に近いが、一応山近くにあるから普通は人気がない。だから不思議。
「彼が帰ってくるには早いし。え?誰?」私は気配のほうを恐怖におびえながら見に行ったが何もない。「ん?」今度は後ろのほうだ。私が振り返ると確かに一瞬だけ見えた黒い影。
「人にしては小さいなぁ。獣? 今までいなかったのに... ... なんとなく気味が悪いわ」

ーーーー
「真理恵そうか、わかった今週末だな」私はカレーリーフ伐採のことを、帰ってきた彼に言った。返事はしてくれたが上の空。その代わりさっきから独り言をつぶやいている。
「小野小町、柿本人麻呂、和泉式部かぁ」「何それ? さっきから」
「ああ、この3人の忌日が明日なんだ。だから3月18日は精霊の日って言われているんだ」
「ショウリョウノヒ? でも何でその三人の忌日が、そんな記念日なの!」

 私は昼間のことがまだ心の片隅にあって少し精神的にいら立ってみたい。ちょっと強めに言ったから彼が少し驚きの表情をしてた。
「え、ああよくわからないが、多分万葉集の代表的な歌人たちが同じ日が命日という偶然。それと間もなく春の彼岸だろ。だから精霊という霊的なものと重ね合わせたのかなぁ」

 ところが彼が突然「そうだ外にでよう。今日は雲が多いから星観測は無理だけど、その代わり三日月が美しいだろう」と言い出した。けど私は拒否。
「今日はちょっと嫌」「え、何で? 一体どうしたんだ」
「昼間、畑で奇妙な影を見たの」「奇妙?」彼は不思議そうな表情で私を見た。
「最初人が入ってきたのかと思ったけど、ちょっと小さな影だから多分獣かしら」
「うーむ。人だと確かに嫌だな。でも今は大丈夫。俺がいる。だから行こう」
 私は彼の腕に捕まって外に出た。夜の農園はひっそり静まり返っている。そのためか三日月はより幻想的で美しい。すぐ横に彼がいるから、少しは安心できた。そしたら彼が突然、声に出して和歌を詠いだす。

冥きより  冥き道にぞ  入りぬべき  はるかに照らせ  山の端の月
(くらきより くらきみちにぞ はいりぬべき はるかにてらせ やまのはのつき)

「うん、いいね。これは和泉式部の若いとき、雅致女(まさむねのむすめ)式部という名前だったころに歌ったものらしい。こうやって月を見ながら詠んでみると、味わいがあるねえ」
 彼は上機嫌であるが、私は昼間のことがある。だからあまり長居したくなかった。

ーーーーー
「キャッ 眩しい!」私は眠っていたのに、突然強い光が目を覆う。見ると黒い影がシルエットに映っている。「だ、誰!」口元を震わせながら、大声で呼んだ。しかしシルエットは何も言わずに私を手招きしてきたの。
 でもそのとき、不思議と恐怖感はなく、心地よさを感じた。だから何の抵抗もためらいもなく、シルエットのほうに歩いて行った。

 私はそのまま外に出ていく。ちょうど早朝らしく農園は暗闇ではない。農作物や木々と空の藍色の違いが判る。手招きの相手は黒くて小さな人影に見えるが、ぼんやりしていてはっきりとは見えない。その影はカレーリーフの前まで私をいざなった。
 すると影が立ち止まり、曖昧だがカレーリーフを指しているように見える。私はその方向に視線を向けた。するとそこから白い光が見えている。「うぁあすごーい!エネルギーの塊。もしかして新しい命が宿るのかしら」 

 私は影のほうに振り返った。やっぱりぼんやり映る影。表情も何もわからない。でも私には視覚とは違う、別の五感のようなものが反応する。その影は、にこやかに笑っているように私には感じた。

ーーーーー
「あれ、あ。夢か」気が付いたらベッドにいる。毎朝起きる時間より30分早い。「うん、まだちょっと早いよ」彼の眠そうな声。
「あ、ひょっとして! ちょっとついてきて」「え、ふぁああ」
 私は彼と一緒に畑に行った。そうカレーリーフの前。

「やっぱり」私は途端に笑顔になった。
「見て、カレーリーフに新芽が!」私の予感は的中。カレーリーフの木の片隅から、昨日まで見えなかった緑の新芽が生えていた。
「うん? おお、出てるな。なら伐採はやめておかないとな」「そうね。ということは、農園に棲む精霊が教えてくれたのかしら」

 私の問いに、彼は眠い目をこすりながら口元を緩ませる。
「俺は科学的に証明できない精霊とか信じないし、多分いないと思っている。けどまあ彼岸とかは気にするからな。ひょっとしたらいるのかもしれない。少なくともカレーリーフの精霊のような何らかの存在が、真理恵の行動をストップさせてくれたということは、間違いないようだ」

「そうね。教えてくれてありがとう」私はカレーリーフのほうに向くと、一礼した。

「画像で創作(3月分)」に、しまこねこさんが参加してくださいました

 半世紀前には村と言われていたところから新しい世界を繋いだのはバス。そのころの思い出が語られ、昭和の良さが響きます。そして令和になったらnoteがバスのように新しい世界を広げてくれる。時代が変わっても新しい世界への入り口があるということを教えてもらった気がするです。ぜひご覧ください。


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シリーズ 日々掌編短編小説 422/1000

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