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富士を見ながら始まった不思議なゲーム

「これか、喜作兄が言っていた、海の静岡県道223号線」清水栄一は、従兄の喜作に会うために静岡の清水から出発するフェリーのデッキにいた。
 ここは静岡市清水区にある清水港。ここから伊豆半島の伊豆市土肥に向かう駿河湾フェリーが運航している。
 ところが実は『県道223(ふじさん)号・清水港土肥線』という道路扱いなのだ。海の上を通じている道は、このフェリーで通行するしかできない。  
 そのため県道の表示版がフェリーのデッキにあるのも面白かった。栄一は県道の表示板の目の前にある白い椅子に腰かける。

「それにしても、清水が静岡市に組み込まれているのがどうも不思議だ。小学生のころまでは清水市だったのにさ。それにしてもだ。喜作兄は何を考えているのだろう」
 従兄の駿河喜作は清水区内に住んでいる。なのにこの海上県道に乗った対岸、土肥温泉にある旅館で待っているという。
「まあ温泉はいいよな。でもなんでこんな奇妙なゲームをやらされているんだ」ちょうど清水港を出港した船は、青空と青い海に囲まれながら動き出す。デッキからは潮風の湿度感じる風が吹き抜ける。また海はフェリーのスクリューにより攪拌された白い潮水が、青い海の上から何かを描いているかのよう。

 栄一はスマホを取り出し、この風景を撮影した。その中でも海が写っている駿河湾の静止画像をSNSに投降する。
「よし、これで『水曜日』が終わった。あとは『金曜日』だけだ」

 喜作は栄一に出発の3日前。次のようなことをあらかじめ言い出した。
「俺は土肥温泉の○○旅館にいる。そこに来て欲しいが、それまでに条件がふたつある。ひとつは静岡県道223号線のフェリーに乗ること。もうひとつは清水から土肥にかけて一週間を連想できる観光スポットを撮影し、SNSにUPしてくれ。だから前泊したほうが良いだろう。もちろんこのミッションを達成すれば、素敵なプレゼントが待ってるぜ」

 栄一は首をかしげながらも、従兄が提案したこの奇妙なゲームに、チャレンジした。「清水周辺で一週間を連想するものか」
 3日前にもらった指令を元に前日夜まで地図を片手に考える栄一。清水という名字の為か、清水と周辺エリアにこだわりと愛着がある。そのためか比較的簡単にスポットを見つけた。

 そして次の行程でここまで来た。前日の朝一番の新幹線で静岡駅に降りると、そのままバスに乗り込む。そして最初に向かったのは10分ほどで到着できる『登呂遺跡』であった。
「まあ、土曜日のスポットで無理があるかなと思ったが、弥生時代の遺跡からは、いろんなものが出土。つまり土の中から現れるからな」栄一はスマホからUPした登呂遺跡の画像を眺める。「本当にそれでいいのかと確認したら喜作兄からOKが出た。それでやりやすくなったぜ」

 栄一はふと目の前を見る。すると富士の雄大な姿が視線に入ってきた。
「やっぱいいなあ。富士山これで何度目だ。えっと昨日は午前中で登呂遺跡を見て、レストランで昼を食べて午後に移動したのが久能山下。ここからの階段が大変だった。1159段だってさ。いやあ息が切れた。それで到着した『久能山東照宮』を日曜日にしたんだな」今度は東照宮の画像に切り替える。
「しかし喜作兄もびっくりしていたな。『何でこれが日曜日なんだ』って。よく見ろよって言ってやった。東照だったら日の出のようなもだって。それでやっと納得してくれた」

 栄一はここで立ち上がった、デッキにに飽きたので船内に入ってみることにする。デッキでは潮風と船からのエンジン音、そしてかすかに波の音が聞こえたが、船内に入れば空気が止まったかのように穏やか。
 船内の席は結構空いていた。前のほうの席を陣取る。「特別室とかもあるようだけど、1時間ちょっとの船旅じゃもったいないな。さてその次はロープウェイで『日本平』に登った。こりゃ楽だったな。もう夕暮れに近かったけど、日本平からの富士山はやっぱりよかった」

  今度スマホから出したのは日本平から映し出された富士山の画像だ。「赤富士が見たかったけど、方角が逆だからな。朝しか見られないというのは残念だったが、予定が詰まっていたから無理。富士山が火山ということで、火曜日にしたことには異存なし」

 栄一は時計を見た、あと20分ほどで到着する見込みである。「喜作兄に何か買ってみようか。あ、でも県道223号線のフェリーの土産じゃ嫌がるかな」といいつつ売店を眺めている。ここでは土産物のほかサクッと食べられそうな食べ物を販売していた。
 特に欲しいものもなかったので再びデッキに出てみる。船は伊豆半島の山影を捕らえていて、それが少しずつ大きくなっているのが明らかだ。

「さて、日本平からバスで清水駅に向かった。この日は新清水駅近くのビジネスホテル。せっかく喜作兄が経営しているホテル泊ったのに、本人いないし。ったく何考えてんだ」栄一はデッキから海を眺める。進行方向から迫ってくる伊豆の山々をしばらく眺めたが、再びスマホから画像。それは夜景であるが、月が映し出されている。
「マニアックかなとは思ったが、天文台があるという『清水船越堤公園内・星の広場』に行ってよかった。天気が良かったから星が良く見える。でも難しいな。星がほとんど映らなかった。でも太陽に次ぐ大きな月だけは、ばっちり。月曜日だからこれでいいのだ」

 船は土肥港に到着しようとしていた。港に接岸する直前になると客は我先にと、出る準備を進めている。栄一もそのメンバーの中に紛れ込んでいた。こうして軽い衝撃と共に船は着岸。ゲートが開いたので、車に先んじて下船していった。
「そうそう、今日の朝早くにチェックアウトして清水駅からバスで『三保松原』に行ったんだ。あそこの富士山も良かったなあ。でも富士山ではなく松原がメイン。松の木を撮影してこその木曜日が成立だからな」
 栄一は今まで乗っていたフェリーが見える位置で立ち止まって、三保松原に数多くある松の木の画像を眺めた。「こうして 土、日、火、月、木、そしてフェリーから撮影した水と来た。残りは金曜日。これは『土肥金山』しかないからな。さていそごう」こういって栄一は歩き出す。土肥港から土肥金山は歩いて10分と近い。ちなみにこの日の夕方に喜作と会う土肥温泉の前を通過する。

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「おう、栄一。よく頑張った素晴らしい」土肥金山の写真を無事にUPし、一週間がそろえた栄一は、そのまま指定された旅館に到着すると、ロビーで喜作が満面の笑みで迎えてきた。
「何が素晴らしいんだ、喜作兄さん。このゲームは一体何なんだ。まあ俺は清水周辺の観光が楽しめたからいいけどさ。伊豆半島までフェリーで来れたし。今から温泉に入れるからな」

「いいから、とりあえず」喜作は旅館の部屋の一室を栄一に案内する。この部屋は旅館の中でも最も豪華な部屋。栄一は思わず左右に首を動かして見渡す。
「ずいぶん豪華な部屋だな。この部屋がこのゲームをクリアした時の特典か」「ああ、そうだがそれだけではない。ここの宿泊料もここまでの交通費と、清水のホテル代全部出すよ」

「え、いいのか。いやゲーム自体楽しんだからそんな」
「いや、そうじゃないんだ。実を言うとな、俺この旅館買い取った」
「え!」思わぬ展開で栄一の声が裏返る。

「この旅館の経営者が高齢化が原因で手放すことになった。そこで俺が名乗りを上げて買い取ったのさ。いい旅館だろう。少し改装しようと思っているけどな」

「喜作兄、完全に実業家だ」「いやいや、まだまだホテル2軒と旅館1軒。これからさ。で実は俺せっかくだから面白いプランを考えたんだ」

「面白いプラン?」不思議そうな栄一と対照的に自信に満ちた喜作の表情。
「そう、静岡や清水方面からフェリーに乗って、多くの人がこの旅館使ってもらおうと思って、スタンプラリーみたいなのやろうと。全部クリアしたら宿泊費を大幅に割り引くんだ。それが一週間の曜日に対応した観光スポットで、栄一が実行してくれたもの」

「え! じゃあ俺は喜作兄さんの仕事のの手伝いだったの?」喜作は大きく頷く。「そう、先に行っちゃうと多分面白みが半減するから黙っておいた。でもやっぱお前、清水への愛があると思ったわ。この内容ホント良かったよ。だから全部俺の会社もち。それと」喜作は胸ポケットから茶封筒を取り出すと栄一の目の前に出す。

「報酬と言っちゃああれだが、御礼。本当にありがとう」喜作はそういって頭を下げると栄一は緊張。「え、本当にいいのか。じゃあ喜作兄さんありがたく」と自らの胸ポケットにしまった。

 この後は旅館の温泉に入る。6種類の源泉をブレンドした湯には癖がないので入りやすい。リラックスして部屋に戻れば豪華な料理が待っていた。こうして栄一は喜作とふたりで楽しく酒を酌み交わす。
 ちなみに茶封筒には10万円が入っていたという。栄一は帰りの新幹線の中で嬉しさをかみ殺すのに必死であった。





こちらの記事から画像をお借りして創作しました。

ロングラン企画「皆さんの画像をお借りします」で、 なぐなぐさんの画像をお借りし「GEOなのだ」から連想して書いてみました。

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他の乗り物よりものんびりできそうなバス旅行。都会からマイナスイオンが立ち込める世界を走る姿。沈黙が続く何気ない移動の筈なのに、なぜかぜいたくな時間を楽めているような気がする作品です。ぜひご覧ください。

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おまけ:ゆうのうえんさんのイラストで創作した「休息の踊子」が評価されました。朝と、午後からの「小説」「短編小説」と正統派できたのがいいですね。2週続けてコラボさせていただいた、ゆうのうえんさんに感謝です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 420/1000

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