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大好きな旅先の朝食

「あれ、この布団やけにツルツルしているぞ」この日智也は、ある旅館に宿泊している。今は旅の最中。だけど途中までは仕事だった。前日の夕方まで出張。そして夜に妻の結衣を呼んだ。
「仕事が夕方で終わるからこの後プチ旅行だ」と、智也の仕事が終わるタイミングで結衣と合流。出張先から離れていない場所にある温泉旅館で、2食付きの宿泊プランを利用した。

「あれ、結衣は?」ところが布団の横にいるはずの結衣がいない。「トイレかな? それにしてもまぶしい。あいつ電気つけたままか」天井には強力な光。それにしてはずいぶんと天井が高い。
「こんなに天井高かった。あれ」智也はさらなる異変に気付く。見ると敷布団が茶色くてざらついている。上のほうに視線を送るとタバコを吸わないのに焦げ目が見える。「あれ、まくらは? どこ行ったんだ」智也はつるりとした布団を剥がすようにして起き上がる。その時呆然とする。「ええ?」 

 なぜだかわからない。白い皿の上に乗ったパン。その上に智也がいる。さらにつるりとした布団の正体は、目玉焼きではないか。白身布団の真ん中にひときわ盛り上がった大きな黄身。天井の光による照り具合が不気味さを増幅している。智也は全身から電気が走り、体を震わせた。
「ち、ちょっとこれ夢だよな。ゆ、夢だあぁ!」

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「どうしたの? 急に大声出して。うなされていたけど」智也が気付くと驚いた表情の結衣がいた。「あ、あれ」智也が見ると旅館の和室の天井が見える。
「ゆ、夢、ふう、よかったあ」と思わず大きく深呼吸。

「もう明け方みたいよ。予定より早起きしましょうか?」
 結衣は立ち上がって、旅館のカーテンを開ける。すると窓越しから強力な朝日が部屋を明るくした。そして目がまぶしい。
「おお、やっぱり来てよかっただろう」「うん、でも昼間に急に呼び出すからびっくりしたけどね」
「だって、よく考えたら今回の出張先、すぐ近くが絶景が見える温泉地だよ。そりゃ仕事が終わってまっすぐ帰ってもよかった。けど、ここは一緒に温泉に入っておいしいもの食わないと」
 智也は立ち上がって窓を見る。ここは目の前に湖が広がるスポット。この日は天気がよさそうだ。湖の先には連なる山々が見渡せた。

「当日予約可能のカップルプラン。内容が充実していてラッキーだったわ」結衣も立ち上がる。
「だよな。湖を見ながらの露天風呂は最高だったよ。あの夕日のすばらしさは絶対に忘れられない」
 智也は昨日の夕方、結衣と合流してからあわただしく旅館をチェックインして即座に入った大浴場を思い出す。露天風呂からはほとんど隙間なく湖面と水平に近いようになっていた。そこから3分の2ほど対岸の山に沈みゆく夕日の存在に間に合う。茜色の空を見ながら、ほんの1時間前まで激務に神経をすり減らしていたことが嘘のようだ。

 そして今は見える視線を湖に向けて遠くの飛ばしている。部屋は湖とは反対側。湖面こそ見えないが代わりに、一日のはじめを告げる大きな朝日が姿を見せてくれた。
「昨日の部屋食もよかったわね」「ああ、リラックスできた。だが俺は夕食以上に朝食のすばらしさを知って、ここに泊まることにしたんだ」
 智也は時計を見る。時刻は朝6時30分。「お、朝食始まったぞ。早速行こう」

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 ふたりは朝食会場に来た。この旅館ではビュッフェバイキング形式である。
「ここは種類が多いわね」「うん、お、オムレツを焼いているのか。よしそれにしよう」
「へえ、オムレツ? 珍しいわね」結衣は、普段絶対オムレツなど選ばない智也を見て驚く。
 そのほかにも数多くの食べ物が並んでいる。焼き魚やお浸しなど和が中心。だがパンやパスタ、サラダといった洋食系や中華系の総菜、点心などもあった。それ以上に充実したドリンクバー、そしてデザートが豊富なのだ。 
 もちろん朝食ということでそれらしいものばかりであるが、それにしても種類が多い。四角い皿でマス目のようになっている皿には、あふれんばかりのおかずが盛り付けられた。これに味噌汁と炊き立ての白米を持ってくる。

「いただきます」手を合わせて食べる朝食。ごはんからの白い湯気のゆらり感が視界に入ると食欲がさらにそそられる。
「不思議だ。旅館の炊き立てのご飯は、何でこんなにおいしいんだ」智也はすでに口の中であごを動かし、白米の旨さをかみしめていた。
「そうよね。頑張っても家ではこんな料理無理だし、カフェのモーニングでもこんなのでないわ」結衣は味噌汁に口をつける。

 その後ふたりは、黙って食べ始めた。ひとつずつはほんのわずかに入れるのが、ふたりのビユッフェでのやり方。できるだけ多くの種類を食べることに長けている。

「昨日のお酒を飲みながらも食事もうまいが、やっぱり旅先での朝食が大好きだ。間違いない」あっという間におかずを次々と平らげる智也は、満足したのか嬉しそうに笑う。
「でも、今日はすぐ帰るんでしょ」智也と変わらない速度で、負けじと皿を空にしている結衣も同様に笑った。
「え、せっかくだから湖を散歩して昼ごはん食べてからにしないか。せっかく来たのにもったいないよ」
 智也はそう言いながら、最後に残っていたオムレツを口に運んだ。

 食べ放題だからと最初の分を食べ終わっても「もう少し食べられる」とばかりにふたりは席を立つ。そのまま再び料理を取りに向かう。
「あ、こっちでは目玉焼きを焼いているわ。ねえ、注文する?」
 こんな結衣の言葉に智也は慌てて首を横に振る。「い、いや今日は止めておく。デザートなにかなぁ」
「へんねえ、あの人。『目玉焼きは卵料理では、ゆで卵に次いでシンプルだ。だけど最も好きな料理で、正統派なんだ』だって普段偉そうに言っているに」と首をかしげる。
 その前では昨夜の悪夢が脳裏によみがえり、思わず目玉焼きコーナーを逃げるように進む智也がいるのだった。


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大好きな理由
旅が好きなものにとって、その行程すべてが好きです。ところがその中でも宿泊旅行で味わう朝食というのは小説本文にもあります通り、結構重要な意味があるのではと。普段の朝食よりも明らかに豪華で、おいしいものが食べられれば、その日一日がハッピーになる気がします。


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シリーズ 日々掌編短編小説 506/1000

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