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立憲革命と同時に流れたピアノメロディー 6.24

「呑気なもんだね」ここはタイの北部チェンラーイ。タイ人のソムチャイが頭を上げて1時間以上も夜空を眺めているのを見ていて指摘したのは、妻の雅代。
「シラナイノカ? キョウ6がつ24にちは、UFOキネンビだぞ」
「え、UFOって空飛ぶ円盤の」「ソウ、アメリカではじめてミカクニンヒコウブッタイとしてUFOがハッケンされたんだ」

「まあいいわ。でももっと大事な日じゃなかったかしら。革命の」この雅代の言葉に突然体が動いたソムチャイ。雅代のほうを向くと真顔になり。
「ソレ、リッケンカクメイ。ワタシノ、ジイサンのチチ、のころのオウノジダイ」
「爺さんの父って、曾祖父ね。そのひと王の所にいたの?」

「ワタシのせんぞ、ピアノミュージシャン。カクメイのひ。フアヒンにいた。オウノまえで、ピアノ引いた」
 ここまで言うと、そのいきさつをソムチャイが機関銃のようにやや早口で語りだした。

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「これ以上は待てない。6月24日決行だ。もちろん他言無用。我が人民党が動くときが来た」プリーディー・パノムヨンは、主要メンバーを前にそういうと立ち上がった。

 これは1932年6月12日に行われた4回目の会議の席上である。国王がフアヒンに静養している隙に革命を起こそうというもの、しかしメンバー間でもなかなか調整がつかず。ようやく6月24日に革命が実行されることになる。
当日は早朝5時から行動を起こし、6時にはラーマ5世騎馬像から王宮に向かい、王族たちの拘束に乗り出した。

「何事だ」当時のタイ国王ラーマ7世は、静養のためバンコクにいなかった。代わりに摂政のナコーンサワン親王は王宮での騒ぎに目覚めた。
「革命が勃発しました。次々と高官が捕らわれております。殿下、至急バンコクを船で脱出され、フアヒンへ」
「わかった。これは着替えている余裕はないな」パジャマ姿で脱出を試みる親王だがすでに人民党側が軍艦で見張っている。身動きが取れずやがて拘束されてしまった。

ーーーー

 ちょうどフアヒンでは、タイ国王ラーマ七世が、バンコクを離れて静養していた。「西洋のキリスト教は理解できないが、音楽は美しい」ちょうど静養先で行われたピアノ演奏を目をつぶって聞いていた。
 最近の情勢は決して良いものではなかった。2代前の5世王の活躍で、列強諸国からの侵略を防いでかろうじて独立を保っている。しかし国家財政がひっ迫。「900万バーツの王室費用を300万まで切り詰めたが......」王のこの政策がかえって若い官僚たちの反感を買う。その不満が人民党結成につなげてしまった。
 それでも彼は昨年、アメリカに訪問する機会でひとつのことを考えた。目的は眼病の手術。その際に議会の良さを知った。「議会を作れば不満勢力も納得するかもしれない。議会制を導入した新しい憲法制定だ」
 ところが今度は王室の保守派と云える、最高顧問会議を構成する王族たちが反発する。王はそういう心労に耐えた。このフアヒンでの日々はその苦痛を癒すのにちょうどよかった。今部屋を奏でるピアノの音色も、その役目をかって出てくれる。

 心地よい演奏は最後までも余韻を残すように終わった。目を開けた王は思わず手をたたく。
「うん、素晴らしい演奏。大儀であった」ソムチャイの曾祖父にあたる演奏者は立ち上がり、王に一礼。そして次のようなことを発した。
「陛下、かつてこの6月24日にドレミの音階ができるきっかけになったのでございます」
「ほう、当たり前のように使われているドレミの音が、この日にか」
「はい、イタリアの僧侶ギドー・ダレッツオという人物が制定したと聞きました」
「うん、良いエピソードだ。ありがとう。下がってよいぞ」王の一言に演奏者は再び一礼すると、表情を変えることなく王のもとを離れた。演奏者は無事に王の前で演奏ができて、ホット胸をなで下ろす。王が見えないところになってようやく安どの表情を浮かべて部屋を退出。だがその直後で部屋から聞こえる大声で再び緊張した。
「陛下! 一大事にございます」演奏者とは正反対に血相を変えて入ってきた家臣」「何事だ。今良い演奏の余韻が台無しではないか!」

「そ、それどころではございません、バンコクで人民党による革命が勃発しました!」
「何、革命だと」バンコクの南、フワヒンにいたラーマ7世は、顔色が変わった。
「くそっ、チャクリー王朝150周年記念日に欽定憲法を制定しようとしたのに、身内の王族が邪魔をしたからこうなった」そこまでつぶやくと
国王は肩を落とす。

 バンコクでは拘束された王族たちと人民党が新憲法の制定に向けての話し合いが行われ、国王には翌25日に、首都に戻り立憲君主になるよう通達がなされた」

こうして王はバンコクに戻ると、新憲法を臨時憲法として承認。タイの立憲革命が成功した。

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「トイウワケダ」「すごーいわ。そんなタイミングにいらしたんだ」
 雅代に褒められたような気がしたのかソムチャイは嬉しそうな笑顔。
「でも、あなたは音楽家になれなかったんだね」とつっこまれると、今度は渋い表情になる。
「ああ、ごめん、気にしないで。でもいい話。ドレミの音楽には革命は関係ないしね。あ、やっぱり子供たちに演奏教えなきゃ」と思い立った雅代は立ち上がり、子供たちの部屋に向かった。


追記:革命の情報を王が聞く直前にピアノの演奏を聴いたというくだりは、フィクションです。

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