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仕事について話そう 第1142話・4.4

「ライラックが奇麗で素敵な街だったわね」「お前また北海道の話か、まあ楽しかったけどな」そんな男女の声が聞こえる。だが黙々と地上に口をつけながら冷静にことの成り行きを見ているものがいた。それは人々によりアルパカと名付けられた存在だ。

「北海道か、ふん、こんなところまできて他県の話をするとはな」白いほうが隣にいる赤茶に話しかける。
「だな、ここは栃木の那須高原だよ。なんで北海道の話をするのやら」赤茶はそう応じた。白はそれを聞きながら地面に顔を近づけたまま。

 しばらくの沈黙が流れる。
「しかしよ、考えたら那須ってほとんど東北じゃなかったっけ」ようやく赤茶が口を開き、話題を変えると、白はようやく我に返ったように赤茶に顔を向けた。
「ま、確かにな。栃木は大都会東京と同じ関東という地域らしいが、聞けば最も東北にあるそうだな」
「おいらもそれは知ってるよ。その中でも最も東北にあるのがここだ。ちょっと足を延ばせばもう福島県と区別されているらしいねえ」
 赤茶はそこまで言うと顔を上げる。「けど、おいらたちの仕事って、いったいなんだ?」

 赤茶は突然哲学的なことをつぶやく。白は全く考えていなかったことだ。「仕事か...…」白も思わず首を上げた。赤茶同様に複雑な表情になる。
「それは、たぶん俺たちアルパカというのは人間から見たら見世物という職業でいいのではないか」
「それって、人間はおいらたちアルパカよりは頭がいいからか」赤茶はそういうと小さくため息をつく。

ここで再度の沈黙が流れた。

 今度は先に白が口を開く。
「ち、違うよ、見世物は人間の世界でもいくらでもいる。サーカスとかは人間がやっているが、あれは間違いなく見世物だ」
 白は力強くそう言い放った。「俺たちよりも下等である魚も水族館という名の施設に入れられ、俺たちと同じ見世物として頑張っているらしい。同じ海の生き物でもイルカクラスになると芸をするというな」
「白、なんでもよく知っているね」赤茶は白がこんなに博識があるのに驚く。思わず大きく目を見開く。

「赤茶さ、たいしたことないよ。まあ、ここに来る客である人間の会話を覚えただけさ。会話から色んな知識を得るが、俺たちはこの場所から基本的に外には出られない。向こうからわざわざ時間と金を使ってここまで来るんだ。先ほど北海道の話をしていたあの男女のようにな」白はそういうと遠くを見つめる。

「見られるだけでも仕事か」赤茶はおそらくもう寝て起きればそのようなことが当たり前となっているから、仕事とプライベートの区別はほとんどついていない。無意識に複雑な表情になった。
「考えようによっては楽な仕事だぜ」白は複雑な表情をしている赤茶に話しかける。
「餌という現物支給と安全が保障されているという点ではうれしいが、何しろ自由がない。人間のようにはな」白は思わずため息をつく。
「もし、もしもだよ」赤茶はせがむように白に話し出す。「白は、自由に出られるとしたらどこに行きたい?」

 赤茶の突飛な質問に、白は一瞬固まったがすぐに余裕の表情に戻った。
「そりゃあいろんなところに行きたいな。栃木だって広いんだ。日光や鬼怒川は有名だし、ちょっとマニアックなところで南東にある益子もいい。そうそう、南西には県名と同じ栃木市ってところもあるらしいな。で、赤茶お前は?」
「おいら、行くならやっぱり宇都宮かな。餃子が有名だっけ。おいらは食べられないと思うけど...…」栃木の各地域を語った白に対して赤茶は県庁所在地だけをつぶやく。

「お、そうだ。客からはこれよく言われるんだ」ここで白は何かを思い出したようだ。「アルパカは首の長い羊だってさ」「ええ!羊だって?」赤茶は不満そうな声を出す。「らしいな、連中ら頭が良いが、意外にも外見だけで判断するらしい。羊は牛に近くてアルパカはラクダに近いことなど知らないようだ」
 白は相変わらず得意げに語る。赤茶は少し元気になった。「そうだ、おいらたちアルパカの仲間がいる故郷は南米だっけ」

「ああ、それこそ栃木や北海道なんてレベルではない。この大地が非常に大きな球体らしいが、南米というのはその真裏と聞くじゃないか。信じられねえ話だ」
「そっか、じゃあ真裏のみんなも見世物なのかなあ」「さあ、それはわからないなあ。ま、みんな毎日を一生懸命生きているってことだろうな。あ、おい。別の客が来たようだ」
 そう白に急かされると赤茶も表情を変え、二頭のアルパカは接客モードに入った。
 こうして新しい客を迎る。アルパカたちににとって大切な仕事が始まるのだった。


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