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蓮子鯛物語

「もはやこれまでか」平家にあらずんば人にあらずと言わしめた平家の時代は、間もなく終焉の時を迎えていた。
 ときは元暦2(1185)年3月24日、長州の最西端、九州・関門海峡に面した壇之浦では、平家の残存勢力が、源氏の追撃隊相手に最後の戦いを挑もうとしている。
「宗盛様、京を追われてからというもの、一の谷、屋島とことごとく源氏に敗れ、もはやこの壇ノ浦が最後の防衛線。無念でございます」
「知盛、やむを得ぬ。我らの父・清盛が築いた平家もこれまで。最後まで戦い潔く死のうぞ」総大将で清盛の三男・宗盛は、四男の知盛に次の様につぶやく。

 そして合戦が始まった。すでに九州も源氏側に抑えられ、望みの薄い戦い。だが序盤は最後の力を振り絞った平家が、潮の流れを把握していたこともあり優勢に戦いを進める。
 そして戦いの前面に立っていた源義経の乗った船が目前に迫る。「あいつが義経だ。こうなれば道連れにせよ」と平家の船隊は、義経の船めがけて突進する。

「今日の平家の猛攻はすさまじいな。さすが船での戦いは強いわ」義経は平家の軍勢に推されて押され気味。「義経様。このままでは危険です。いったん撤退を」横にいる家臣の忠告。
 しかし義経は首を横に振る。「いや、こうなった以上はやむを得ぬ。平家の漕ぎ手を狙え」「なんと! 武将ではないものをですか。義経様それは戦の掟から外れまする」
「構わぬ。やれ!」こうして義経は、当時の戦いではタブーとされた平家側の船の漕ぎ手など非戦闘員を攻撃する。こうして平家側の船はことごとくコントロールを失ってしまう。
 さらに最後まで味方していた阿波重能の水軍も源氏側についたために、平家側は敗北が濃厚となる。

 もはや勝ち目がなく平家滅亡を悟った知盛は、8歳の帝、後に『安徳天皇』と呼ばれる少年とその周りを囲っている平家の女性陣に視線を合わせた。
「このまま帝を源氏ごときに渡してはならん。我々は最後まで戦う。そのほうたちは早く海に飛び込め!」

「かしこまりました」こうして平家の女性たちは、安徳天皇と共に海に飛び込んだ。天皇の母・徳子は入水したが、源氏側に引き上げられる。しかし多くの女性はそのまま海の藻屑と消えた。


「これでついに宿敵・平家を滅ぼした」「義経様さすがでございます。これに兄・頼朝様もさぞかし喜ばれることでしょう」家臣に持ち上げられ、さらに上機嫌になる義経。
「今宵は勝利の祝宴じゃ」「義経様、近くの漁師によれば、戦いが終わってから、連子鯛が大漁に取れたとのこと」
「ほう、連子鯛か。目出度いな。よしそれを食べよう」

 ご機嫌な義経は、調理する前の連子鯛を見たくなり、持ってくるように伝えた。ほどなくして大量の連子鯛が運ばれる。さっそく義経は目の前に来た連子鯛を眺めた。赤いボディにうっすらと黄色いものが見える。だが鯛と目が合ったとたん、急に気味の悪い何かを感じた。
「どうも、好かん! 連子鯛を料理した祝宴は止めよ」「なぜでございますか?」
「うまく説明できないが、嫌な予感がする。もう見たくない捨てろ!」義経は不機嫌になり、一匹の連子鯛を海に投げ捨てた。

 一説には平家で入水自殺した女性たちが、連子鯛に化身したとも伝わる。

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「これってかわいそうなのかどうなのかしら」『平家の盛衰』というタイトルの映画を見終えた女性は、席を立ち映画館を出た。そして映画館の前で待機していた人力車を呼ぶ。
「お、モダンなご婦人。ひょっとしていま流行りのマネキンガールさんでしょ」ノリの良い若者の車夫に、女性は少し不快になった。
「え、何? あなたには関係ないでしょ。いいから早く上野までいってちょうだい。上野に着いたら近くの魚屋に」「魚屋ですか、どんな魚を買うんですかい」

「それを答える必要あるのかしら。早く行って!」
 明らかに不機嫌そうな女性。ぶっきらぼうにそういうと、車夫は前を向き、女性にわからないように目を顰(しか)めた。そして両手で人力車の梶棒を持つと、そのまま上野方面に向かって歩き始める。人力車の速度は遅い。車輪から道路の感触が尻を通じて全身に伝わってきた。
 しばらくお互い黙っている。女性は東京の街中を静かに眺めていたが、突然胸が締め付けられるように苦しくなった。さらに咳き込む。「グフォ、グフォ」

「お客さん大丈夫ですか? 変な咳してますが」先ほどとは変わり、心配そうにまじめに答える車夫。
「いえ、大したこと。グフォ!」車夫は振り向くと、明らかに苦しそうな女性の姿。白いハンカチで口を押えているが、赤く染まっている。どうやら血を吐いたようだ。「大変だ、それ結核では」
「いえ、きに、う、今日は、蓮子鯛を買いたいの。だ、だから。グフォ」
「し、しかし」車夫は困ったが、しばらくするとあることをひらめくと、途中の角を曲がった。

「じゃあここで」「ちょっと、これ病院じゃないの。私の指定したのは」
「いえ、とりあえず病院に行って診てもらってください。あっしはその間に魚屋に行って連子鯛買ってきますんで」
「え、そんな」「お代は後でよろしいんで、それじゃあ」車夫は女性を車から降ろすと一目散に走って行った。

「結核なんてまさか! でも診てもらうしかないわ」先ほどよりは少し楽になった女性。そのまま病院の中に入った。

 一方車夫は魚屋に到着すると約束通り連子鯛を買う。
「旦那、今日は、連子鯛が水揚げされてなんです」「弱ったなあ。じゃあ似た魚とかないの」「あ、それだったら真鯛でいかがですか」
「真鯛か、仕方がない。それにしよう。で連子鯛と真鯛ってどう違うんでぇ」
「ああ、そりゃ連子鯛は黄鯛ともいいまして、鼻から上顎あと体表にもうっすら黄色いのが特徴です。まあ普通は気づかないでしょ」

 こうして、真鯛を購入した車夫は急いで女性のいる病院に向かう。
「やっぱり思いやりが必要だ。この鯛を見せたら、あの人元気になるかな」車夫はそう言いながら、病院に向け軽快に人力車を走らせるのだった。

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「『3月24日・昭和初期のホスピタリティー・デー』って何か不思議な映画だな。これって源平合戦の映画を見たから、連子鯛買いたくなったってこと。よくわからん」庄司は、終了したばかりの映画の余韻に浸りながら、首を傾げた。

「まあ取引先からの招待だからな。創業者の息子が監督かあ。ずいぶん斬新な映画だ。昭和初期が舞台だからって、そこだけ白黒で源平時代の映像がカラーかあ。あ、鯛だけカラーだったな。いやあ貴重な休日なのに、変わったものを見せられたっていうか。これだから社畜は辛いわ」
 庄司はそのまま家に戻る。実はこの日庄司の誕生日。妻の麻衣子が手作りでスペシャルな料理を作ってくれる。だから帰りを急いだ。

「お帰りなさい。取引先に進められた映画どうだった」奥からエプロン姿の麻衣子。ご機嫌な表情で、口を開けた笑顔からは白い歯が見える。
「ああ、俺にはよくわからなかったよ。なんか今でも不思議な気分だ」

「へえ、今日はあなたの誕生日だから、準備で忙しかったの。一緒に行ってあげられなかった。けどそれ見たかったかも」
「どうだかな、頭痛くなるかもだ。だって映画の中に映画が入ってるんだぜ。それも白黒って、もう21世紀。今や4Kの時代なのにさ」庄司はは苦笑い。
 麻衣子は後ろを振り向いてキッチンの奥に向かう。庄司は先にテーブルに座る。白いテーブルクロス化架けられたテーブルには、豪華なオードブルや肉料理、誕生日のケーキなど料理がそろっていた。ただ真ん中のメインだけが空いている。

「さ、メインが焼きあがったわ。食べましょ」麻衣子が笑顔で戻ってきた。大きな平皿を持っている。そこには30センチくらいはありそうな尾頭付きの魚。鯛のようだ」
「これは? もしかして」「連子鯛よ。今日は連子鯛の日なんだって。だから特売だったの。あなた好きでしょ」
 しかし庄司は不機嫌な表情で首をかしげる。
「連子鯛かあ、俺は真鯛のほうが好きなんだけどな。だって連子鯛って黄鯛のことだろ」
「そんなこと言わないでよ! 見た目は一緒じゃない」麻衣子の笑顔が消え、悲しそうな目になる。

「うーん、でもさ今日の映画。なぜか連子鯛が裏テーマみたいで、それもあって、ちょっと食べる気には......」
「ひどい! 映像と誕生日パーティ一緒にしないでよ!」ついに麻衣子は烈火の如く怒りだす。目を吊り上げ、顔も紅潮している。

「何でそんなに怒るんだ。麻衣子、わかった。落ち着け、俺が悪かった」状況がわからないまま、麻衣子の怒りを抑えようと庄司は必死。
「あ!」 突然停電になる。数秒後明かりがついた。


「あれ、なに え?これは?」庄司が驚くのも無理はない。なぜか外で浜辺にいるからだ。波の音が聞こえ潮風が肌に当たる。カモメだろうか? 遠くに白い鳥が飛んでいるのまで見えた。
「あれ お前何、それコスプレ?」さらに庄司が目を見開いたのは、妻・麻衣子の姿。いつの間にか平安末期の貴族の衣装をしている。
「私は平家の女性。さあ連子鯛は、私の化身。ねえ早く食べて頂戴!」

 焼いた連子鯛をそのまま両手で差し出すように、力強く握りしめている。それを庄司に向けて迫ってきた。「ち、ちょっと待ってくれ。た、助けて!」「食べてよ!」麻衣子の目が赤く光る。「ギャー!!」

 再び場面が暗くなった。

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「お疲れ様です。いかがでしたでしょう。我が企画部の映像作品。ひとつの作品なのに3つの世界観が味わえる斬新な内容となっております。平安末期、昭和初期、そして現代。それぞれの違いが分かるように、白黒映像を途中で挟みました。それから現代版は4k動画にするなど工夫しました」

 この日食品加工の業界大手、平家水産の会議室では、創業の地・山口県下関市で水揚げされる連子鯛のイメージアップの映像の試写会を会社の役員向けに行っていた。

 だがこれを見た社長以下役員たちは、ただ首を横に傾げ憮然とした表情。しばらくの間、場が静まり返った。
 凍り付くようなひととき。ここでようやく社長がゆっくりと立ち上がり、軽く咳ばらいをした。映像のプレゼンをした企画担当をはじめ役員が社長の言動に注目する。

「これを見て考えたが、最初の源平合戦の映像だけを採用しよう。あとはいらない。その代わりに5分程度の連子鯛の説明を追加する」とだけ言い放つと、そのまま会議室を後に。役員たちも黙ったまま続く。
「つまり3割だけオッケーてこと?」ひとり微妙な表情をしたまま固まる、プレゼンの企画担当だった。



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