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100万石の街で湧けるか創作意欲 第955話・9.6

「しかし、あいつもなかなかやるのう、ワシも負けてはおれんぞ」
「じいちゃん、どうしたの」孫の大学生、大樹の目の前で思わず独り言を声に出した茂は、慌てて手で口を押えた。
「ああ、いや、ひとりごとじゃ」そう言って窓を見る。ふたりは金沢を目指す新幹線の中にいた。
 
 元々は大樹がネットで知り合った人物と会うために金沢を目指したが、それに茂が興味を示した。おじいちゃん子である大樹は、交通費と宿泊費を出してくれるというので、茂と一緒に金沢に行くことを同意。行きと帰りと宿泊するホテルだけは同じということで、後は別々の行動をとるという。

「ごめんね、さすがにじいちゃん連れでとは言えないから」
「大樹いいぞ、ワシの事は気にするな。わしも金沢でひとりで散歩をしたかったのじゃ。創作意欲を起こしためにじゃな」と言ってまた車窓を眺める。大樹は駅弁を食べている最中だった。茂も駅弁を食べていたが、食べるのが早いのかもう終わっていて、水を飲みながらひたすら車窓を眺めている。

 おおよそ20分後に新幹線は金沢駅に到着した。到着したのが13時前だったので、駅前のホテルにいくと、とりあえず荷物を預かってもらう。

「そしたら、駅前のホテルだね。僕はこの後、金沢の人と会ってくるから夜ホテルで」「おう、じゃあな」こうしてふたりは別々の行動に出る。
「さてと、金沢21世紀美術館は、明日見る予定じゃから、やっぱり今日は伝統的な兼六園でも行こうかのう」茂はバスに乗り兼六園を目指した。

 バスの車窓から茂は金沢の街を眺めている。茂は素人とはいえ、最近は小説を書くようになり、ネットを通じて知り合った小説仲間もいた。
 だが他の仲間と比べるとあまり筆が進んでいない。年齢が年齢だけに仕方がなかったが、茂としてはここで、小説仲間を唸らせるような作品が書けないか考えていた。このときに大樹が金沢に行くようなことを言っていたので、「それならば」と、金沢という普段とは違う場所で創作意欲を沸かせようと、大樹に付いてきたのだ。だからひとりで行動をとった方が良かった。

「ほう、これが兼六園か、ワシもずいぶんと長く生きてきたが、意外に初めてじゃったかな。まあちょうど良いチャンスじゃ」
 今度はひとりごとを声に出さずにつぶやく。ゆっくりと庭園の中に入る。兼六園は日本三名園として名高い。確かに大きな庭園内は美しいし、目の保養になる。しかし、茂にとってはただ庭を見るだけでなく、そこから沸き起こる創作意欲を期待した。だが、庭を眺めていてもなかなか創作意欲がわかない。
「どうせじゃったら庭師の話でも書こうかのう」今度は周りに誰もいないことを確認してつぶやいた。
「たとえば、庭師とそこの松の木の魂が1日だけ入替るとかどうなんじゃろう」茂は池の手前にある大きな一本の松を見つめながら考える。

「庭師は突然動けなくなり、ひたすら焦りだす。うん、これはそうじゃろう。では松はどうなんじゃ。普段動かない松が人の中に入ったとして、そこから動けるのか。こう手や足が動かせるのか、松からすれば動かせるやり方もわからないだろうし、戸惑いながら突っ立ったまま、それで一晩すぎてしまいそうじゃ、アハハハハ!」

 茂は思わず声に出して大笑い。周辺には人がいなかったが、茂の笑い声が遠くに響いたようで、遠くの人からの視線が茂に向けられた。
「だったら、庭師の中に入った松の魂が、松の中に入った庭師の魂に、体の動かし方教えてもらったりして」
 と、どこかで聞いたことのある声。近くで聞いていたのか、茂の話に返事をした。「うん?あれ!」 
 茂が見るとそこには孫の大樹がいる。

「あれ、大樹、用事はどうした」「ああ、じいちゃん。ごめん、僕大きなミスをしたみたい。一日早く金沢に来ちゃったんだ。実は明日の午後に会う約束していたことに途中で気づいて」
「じゃったらもう一泊せんといかんな。うーん」茂は腕を組む。
「あ、それは僕のミスだから、もう一泊は僕が出す。それでいい」「いいのか?」「バイトの金があるから、いつもじいちゃんに出してもらったりだから僕が出すよ」
 それを聞いた茂は、うれしさと同時に目に涙がたまりそうになる。「う、良い孫じゃ。わかった。大樹の厚意に甘えるよ」
 結局涙は目から出てきたのか、茂はハンカチを取り出した。

 こうしてこの日はふたりで兼六園の観光を始める。そのあとは隣にある金沢城の方にも向かった。
「でも、よくワシが兼六園にいるってわかったな」茂のひとこと。大樹は白い歯を見せながら「だってじいちゃん、新幹線の中で兼六園と何度もつぶやいていたよ。明日は21世紀美術館に行くんだよね。午前中なら付き合えるかなあ」

「え、大樹、大丈夫か」「うん、だったら明日のお昼まで」「おう、それくらいは出すよ。それが良い」と茂は思わず口元を緩ませる。
 こうして予定が変わり、翌日のお昼までふたりは行動を共にするのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 955/1000

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