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10年ぶりに変わり果てた? 第1053話・12.17

「もし、10年前のあの時にこの店に入らなければ」美月は店を前にしてこんな感情にふけってみた。何だろう?久しぶりに来たからだろうこんなことを考えたようだ。美月は旅行の最中である。
 美月は元々ひとり旅が好きで、以前の旅行で10年前にもひとりでこの町に来た。だが、実際には4年前と2年前にも来ているから、町そのものへは4回目の訪問だ。

 だけど目の前の店に10年ぶりに来たのは事実である。2回目に町に来たときは友達と一緒だったので、友達の希望を優先した。前回の時はまたひとりで来たが違うエリアに行ったので、ここには行けなかったのだ。
「縁が無くなったとは思いたくないわ」と思って、2年ぶりに来たときには、久しぶりに店の前に来たというわけである。

 店に入ったが思っていた記憶とのギャップに悩んだ。美月はもっと長くいるつもりだったが、短時間で店から出てきた。「10年ぶりだったのに!」店に入る前に思ったほどの感動は見事に消滅している。
 10年ぶりだから店の人が覚えていることは無かった。10年前に行ったときに、美月がわざとお店の人にアピールをしたわけでも目立つ行動をとったわけではない。ただ入って短時間すごして出ただけ。
 当然店の人は覚えていないだろう。そればかりか美月ですら店の人が10年前と同じ人かどうかの記憶もあいまいなのだ。

「あの人、娘さんかなぁ」美月は首を傾げた。10年前の時はお母さん世代の人だった気がするが、今いた人は美月とあまり変わらないくらい若かったのだ。もしかしたら従業員かもしれない。だけど美月は10年前の人を期待していたのに、そうではないことで、よりつまらなさを増幅したようだ。

「そう考えたら、外の塗装も変わっている気が...…」美月は徐々に10年前の記憶が蘇ってきている。10年前の店の外装は確か黄色っぽかったはず。
 だがこの店の外装は10年後には緑色になっていた。内装はどうだったか?今の状況は白い壁。だが当時は?「あれ、ああ、思い出せない」美月は頭が混乱している。
 思っていた色は薄い黄色だったような気がしたが、その記憶がアバウトではっきりとは思い出せない。
「それでも外壁は違う。絶対に緑じゃなかった!」

 美月ははっきりと思い出す。黄色い壁のお店の外壁は他の店と比べてインパクトがあった。だからまた来たいと思っていたのだ。「別に緑は嫌いじゃない、嫌いじゃないど...…」美月は複雑な気がした。いってみれば10年ぶりに来た店は見事に変わり果てていたのだ。
「10年ひとむかしっていうけどさ」美月は小さくため息をついた。

 目の前にあるのは美月の思い出とは違う店。だが、美月も商売人の娘として生まれている。 
 美月が子供のとき、よく父親が愚痴ていた言葉だ。「お客さんは確かに神様だけど、すべて客の言う通りにはできない」ということ。
「だよね。私の思い出が10年前のものだとしても、店の人にも人生がある。だから店の人がこの10年の間で何らかの心情の変化があるだろう。その結果外壁も塗り替えたくなったのかもしれない。店のスタッフだってそうだろう。同じ人が10年もいることの方が珍しいのだ」

 美月は自分自身に言い聞かせるようにそう思った。「でも、10年ぶりに見たお店、変わり果てたとしてもね」美月はかつて昔のスタイルのお店に、10年前に訪問した事実は事実。その記憶がアバウトだとしても残っているのなら、それでいいと思った。

「さてと、次はどこに行こう」今は旅の最中だ。いつまでも同じ店にとどまっている場合ではない。そもそもこの町に来たのも2年ぶりである。懐かしいお店ばかり見ている場合ではなく、新しいところにも行きたい。

「さてと、次はどこに行こうかしら」美月はガイドブックを見ながらどこに行こうか考える。「近くに別のカフェがあるわ。そこで休憩しながらね」そう思った美月は、そのお店に向かって歩き出す。

 5分もしないうちにカフェの前に来た。「へえ、中々個性的な店ね」と美月はカフェの前で店を眺めてみる。その時だ!「あれ?この店どこかで...…」デジャブのような懐かしさが美月を襲う。「あ!」美月はまた思い出した。「あああ、なるほど!そういうことか」美月は、自分自身で納得する。なぜならば、10年ぶりの店について根本的な過ちを犯していた。先ほどの店は全く違う店だということに気づく。

 そして目の前にある黄色い外壁で覆われている店こそが、本当に10年前に入った店。今度こそ10年ぶりに訪問で来た店だったのだ。
「そうそう、こういう屋号だ。ああ、懐かしい。そうか、だから違和感が!」美月は思わず小さく舌を出した。運よく店は開いている。こうして美月は改めて10年ぶりの店に入るのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 1053/1000

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