社員紹介 第1027話・11.19
「さすがだな。ここまで再現力が高いとは」藤井は満足げに、会社経営者向けセミナー会場を後にすると、すぐに秘書の吉永が近づいてきた。
「社長、選抜した社員招集が完了しました」とひとこと。
「わかった。では私たちも行こうか」「はい、社長!」藤井の横にいる吉永は、非常に優秀に働いてくれる。
藤井は代々続いていた小さな商店を継いだ後、店を会社組織に変更したかと思うと急速に成長させた。あっという間に資本金1億を超える企業に育て上げる。「10年でここまでとは、運が強かったのだろう」社員が待っているホテルまでの移動中、藤井は目をつぶりこれまでの事を思い出す。
「社長、運というよりもすべて社長の実力かと」吉永は助手席でそんなことを言っている。後部座席で持たれかけるように座っている藤井はそれを聞いて、思わず口元を緩めた。
「吉永君、それを言うなら今から合流する社員たちの力だな。私はただ彼らの能力を最大限に生かせるために管理しているようなものだ」
そういい終えると藤井は車窓を眺める。ここはビルが立ち並ぶ大都会。「親父から継いだときには、こんなところにオフィスを構えることになるとはなぁ」藤井は引き続き感慨にふけっている。
しばらくの間沈黙が流れた。吉永は後ろを見ると、藤井の様子が穏やかなことがわかる。「今がいいかな」こうして吉永はかねてからの疑問を藤井にぶつけた。
「しかし、社長、新しい取引先との会合で、こんなに多くの社員を連れてくるのには何の意味があるのでしょうか?」
吉永は思わずかねてからの疑問を首をかしげながら口走る。藤井の会社に秘書として入社して1年余りの吉永は正直この行為には疑問を持っていた。
吉永は他社でも社長秘書を経験しているが、営業担当が新規取引先とやり取りを繰り返した後、いよいよ双方のトップが顔を合わせる場になると、藤井は10人以上の社員を連れて行く習わしになっている。
それも担当の営業員やその上司である課長、部長だけではなく、直接関係のない社員もつれていく。それも立場や入社年数とは無関係に、トップである藤井が連れて行く社員をリストアップし、当日指定された場所に来るようにと、吉永が対象となる社員に連絡を入れる。
吉永が入社してからこれで4回目であったのだ。
吉永からの問いに藤井は一瞬顔の表情が硬くなった。「まずいこと聞いたかな」吉永は内心動揺する。だが藤井は再びリラックスした表情に戻るとゆっくりと口を開いた。「吉永君は、他の会社でも秘書をしていたそうだが、あまりこういうことは無いのかな」
「あ、は、はい。普通取引先の社長との懇親会の場でも、あまり無関係な社員は...…」吉永は先ほどよりはテンションが下がる。少し聞いてはいけない質問のような気がした。だが藤井はその程度のことで気分を害することは無い。
「まあ君の考えについて、本当は正しいだろうな。それはわかっている。だがそれでもこれをしないといけないと、私は思っているんだな」
「それは!でも、なぜですか?わが社が顔合わせ会の費用を全部持つという条件で、取引先の相手にもバランスがとれるよう多くの社員を呼ぶように言われることは?」思わず声を荒げる吉永。藤井のこの行為によって経費が余分にかかることを危惧している。
「まあ、向こうは顔合わせと言ってもせいぜい4,5人程度だろう。それに対してこっちは20人近くの社員を帯同させる。それでは数で圧倒しているようになるから先方が慌てるだろう。だから人数を合わせてほしいと依頼するわけだ」
「は、はあ」吉永はいまいち納得しない声を出す。今度は藤井から話し出す。「まあ、初めての顔合わせについて、私が思うに会社の紹介だから、わが社から有能な社員がいることを伝えたいわけだ。そうすれば先方も信頼できるところと思ってもらえればというわけだな」
藤井はそういうと、車窓に視線を向けた。そして笑う。「ハッハハハ!」
「そ、それで、会合の最初に出席している社員紹介を!」「そう、社長である私から一人一人の社員を紹介する。そのあと社員たちに自己紹介をさせるわけじゃ。そうすれば先方も同じように社員を紹介してくれる。そこまでくればもう会社同士が仲良くなるわけだ」藤井は力強く言い放った。
「大きなプロジェクトが終わってからの懇親会ならまだしも、いきなりの顔合わせで、うーむ」吉永は心の中でそう唸ったが、あくまで社長の方針だからこれ以上は口を挟まない。
やがて車はホテルに到着した。最初に吉永が車を降りる。それに続いてゆっくりと藤井も車から降りた。
ホテルに入るロビーには社員が待っている。「社長おはようございます!」まるで合唱をするかのように一致した社員たちのあいさつとそのあとの礼。
藤井はその表様子を見ながら、にこやかな表情を見せ、「わざわざ呼び出して済まない。私が君たちひとりひとりの社員紹介をするから、30秒程度で自己紹介をするように。あとは自由に食事をすればよい」
藤井はそういうと社員たちの前をゆっくりと先に進む。社長の藤井が先頭になって会場となっている宴会場に向かって歩くのも恒例の事。
その斜め後ろに秘書の吉永が続くが、そのさらに後ろからぞろぞろと呼ばれた社員たちがついていくのだった。
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シリーズ 日々掌編短編小説 1027/1000
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