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キッチンの神を求めて

「あれから半年か」「そうね。今日は28日だから、荒神の日で間違いないわ」友美が夫のつぶやきに反応する。
「うん1月だから初荒神。僕たちにとっては救いの神様だ」
 そう言いながら和也は「荒神社」と書かれた札を掲げてある、キッチンの上に飾っておいた神棚に視線を向けた。

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 半年前の7月下旬。
「本当に厳しいなあ」祖父の代から続いている手打ちそば店の3代目である和也は、昨年から老いて病気がちな父に代わり店主として店の前に出た。10年前に結婚した妻・友美と3人のスタッフで店を切り盛りしている。

 しかし代が変わったこともあり、客足が落ち込んでいた。先代の父からは「慌てるな、焦って劣化したものを出すな」と言ってくれるものの、どうしても「先代の味」に高い評価。そういった常連のそば通からの厳しい声もあり苦戦中である。

「この夏の国内旅行」「ん、ああ高野山。標高が高いから少しは涼しいのかな」来週宿泊旅行を計画しているふたり。友美はその日が早く来ないかと待ち遠しくて仕方がない。対照的に和也はそんな気分には程遠い状況である。

「おい、高野山行くんか」とは先代である父の声。ふたりが旅行に行っている間に店を守ってくれる約束をしていた。「うん、全部のスケジュールは友美任せ」
「それやったら、あそこが近いのう。立里荒神社(たてりこうじんじゃ)にも行ってこい。あそこは台所・竈(かまど)の神さんじゃ」

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 こうして和也・友美夫婦のふたりだけの旅行が始まった。ちなみに小学生の子どもふたりは、夏休みということで、友美の実家に長期の間遊びに行っている。
 和歌山県の橋本というところまで電車を乗り継いできた和也と友美。そこからレンタカーで高野山を目指した。最初に九度山に立ち寄る。ここは和也が関心を持っていたところ。大河ドラマにも登場した真田幸村の足跡を見学する。その後に到着した高野山では友美が興味を持っていたスポット。空海の眠る奥の院や総本山の金剛峯寺などを見学し、この日は高野山の宿坊で1泊する。

 そして翌日。まだ日が暗い4時半ごろ。ふたりは早起きして当初の予定を変更した。父がアドバイスした立里荒神社にむかう。この神社は車で片道30分ほど。宿坊で朝のお勤めが行われる6時30分までに戻ってこれる。あらかじめ宿坊にその旨説明しており、了承を得ていた。

「昨夜の精進料理って、思ったよりおいしかったな」
「え、ああ、うん、ふぁあああ、ちょっと後悔。私は朝のお勤めだけでよかったのに」
「ふぁあ。おい、横で眠そうな声出すなよ。こっちまであくび出るじゃないか。だけど今からのところは、友美が好きな空海が高野山開く前に勧請(霊を分霊を迎える)したところらしいぞ。それよりここは雲海がきれいなんだから」
「う、うんわ、わかってふぁああ」
「やめろ。運転している身になってくれ。ふぁああ。くっそ。昨日10時には寝たんだけどな」

 こんな朝早くから出発したのには理由があった。立里荒神社は山の中にあり、朝が早ければ雲海が見れるスポットであることを突き止めたから。

 早朝の空気はすがすがしいが、それ以上にふたりにとっては睡魔が襲ってくる。ハンドルを握る和也はともかく、友美は特に辛そう。気が付けば記憶が飛び、頭が振り子のように前後左右に揺れる。それでも山の高台の空気は夏でも透き通っており、触れるだけで引き締まる雰囲気に満ちていた。山の中の道路を走る車から見える外も暗闇から徐々に明るくなっていく。木々の輪郭がはっきりするさまを眺めいると、いつしか睡魔が消え去った。代わりに不思議な期待感が全身を包むのだ。

 そして5時30分前に無事に神社の駐車場に到着。ここから神社のある参道を目指す。
「おお、鳥居が並んでいる。これまるで伏見稲荷みたいだ」和也は目を見開いた。
「でもさ、この鳥居伏見稲荷みたいに赤くないわ」「それがいいんだよ。こういう地味な鳥居のほうがパワーがみなぎっているというか」
 参道になっている鳥居は木でできているようだ。よく見ると鳥居の上部に当たる笠木の部分を見ていると、うっすらと苔が生えている。

 和也は時計を見た。「まもなく日の出か」
「大丈夫、雲海見られそうよ。こんなに天気いいんだし」友美の声に空を見上げると、紺色という言葉がぴったりの空。
 目を凝らせばかすかに星が見える。しかしその色合いは地上付近のある一点に限って明るくなっている。おそらくあの位置から日が昇るのだろう。

 参道を登りきり本殿に到着。すでに日が昇っていたが、まずは参拝した。これを参拝したからと言って、店の状態が良くなることなど科学的にはありえないのかもしれない。それでも心を落ち着けて、火の神とも伝わる荒神に頭を下げると、不思議と力が与えられてくれる気がする。

 朝が早いのにふたり以外の参拝客の姿もあった。みんな静かに祈っている。ここはときおり吹き付ける風が、周囲の木々を揺らすときに発生する音以外は、無の世界と言っても過言ではない。

「あ、見える。雲海!」沈黙をぶち破ったのは友美。和也もすぐにわかった。神々しい太陽とその下の白い海は、祀られている神の名のように荒々しく感じるのだ。

雲海

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「あのときは眠かったけど綺麗だったわ」「ああ、参拝した時に力をもらった。その直後だったからな」友美がスマホで半年前に撮影した雲海の画像を、横で和也が眺める。
「信じられないけど、あれから少しずつ店の様子が良くなった気がするんだ」「それは荒神様の後利益があるのかもしれない。でもそれ以上に和也が頑張ったからよ。神様の期待というわけでないけど、これからも頑張ろうね」と励まし合うふたりであった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 373

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