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立ち入り禁止の先にあるもの 第797話・3.31

「あ、やっぱり来ない方が良かったかしら」ここは暗闇が続く場所。私は立ち入り禁止エリアの先に入っている。もちろん私ひとりではとてもいけるところではないから、元自衛官の従兄と来ている。
「そんなこというなよ。お前、友達を連れ戻しに来たんだろう」
「だ、だけどここ本当に怖いの...…」暗闇の中で体を震わせながら、従兄の後ろを歩いている私は、3日前のことを思い出した。

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「やめたほうが良くない」私は同じ年の親友と花見に行った帰りのこと。この年の桜はすでに散り始めようとしていたが、まだギリギリ花見ができる程度だ。とはいえ、近くの桜からはピンクの桜吹雪が舞い始めている。
 このときふたりとも普段あまり通らない道を歩いていたためだろうか?その途中にある「立ち入り禁止」の文字とロープを見つけたので、その方向を見ると、その奥には廃墟になった建物がある。

「ねえ、気にならない。私こういうの好きなんだけど」「でも、立ち入り禁止よ。幽霊屋敷とかじゃないの」
「へえ、幽霊なんて本気で信じてるんだ」親友は声に出して笑う。「いやだったらそこで待ってなよ。ちょっと見てくる」親友はそのままロープの先に行った。
「ちょっと、ねえ、すぐ戻ってね」「大丈夫!20分くらいで戻ってくるから」
 笑いながら親友は立ち入り禁止と書かれたロープの先、廃墟の建物の中に入っていった。
「いつ戻ってくるの。遅いわ」私は20分後に親友が戻ってくると思った。彼女は時間には正確だから。だが、30分経とうが1時間たっても戻ってこない。
「何かあったのかしら?」私は迎えに行こうと思ったけど、その勇気がなかった。気が付けば2時間近く経っている。「遅いわ、もう暗くなっちゃう」
 私はどうせあとから親友が勝手に帰るだろうと。「先に帰るね」とメッセージを残して帰った。だがその日は親友から連絡がない。

「どうしよう、連絡が全く取れないわ」私はあの時から親友からの連絡がないことにいら立った。先に帰ったのを起こったのかなとも思ったけど、既読とかそういうのも全くないし、ひとり暮らしの彼女の家に行ってみたが、戻っている気配すらない。
 警察に連絡すべきか悩んだが、通報したら親友から「大げさよ!」とか言われそうで躊躇した。その時私の頭に浮かんだこと「そうだ、従兄に相談しよう!」
 こうして親友からの連絡がないまま3日後の朝、従兄と立ち入り禁止のロープを越えて、廃墟の扉を入った。
 入ってすぐに私は後悔したが、従兄も親友同様こういうところが好きなのか、どんどん先に進む。私はひとりでは、とてもいられないから、あとをついていく。

 廃墟の建物はコンクリートがむき出しになっていたが、奥にいけばどんどん破壊されている。代わりに弦状の植物が覆っていて、いつのまにか、森の中に迷い込んでいた。「ねえ、大丈夫?私たち遭難したの」
 だが従兄は目の前を覆う弦を携帯しているナイフで、引き切りながらどんどん前に行く。
「大丈夫、まだ入って10分程度じゃないか。全然だよ。俺を信用しろよ」
 と自慢げな従兄であったが、ここで突然立ち止まった。「あ、あそこに人影」従兄は懐中電灯をその方に見せると、そこに親友がいた。「あ、あ、あ、ちょっと、ねえ、大丈夫!」
 私と従兄は親友に駆け寄ったが、それを見た親友は不思議そうな表情。
「なに、まだ10分くらいしかたってないよ。ここって建物が森になっていて面白いからさ。あ、でも、ごめん、じゃあ戻ろうか、あれ?この人は」
「10分?」私は親友がおかしなことをいったので心配になった。「なに、馬鹿な事。もう3日たっているのよ!」「ええ、なんで今来たところなのに、3日っておかしいよ」親友は逆に私がおかしくなってしまったと思ったようで、不審な表情をしている。
「ていうか、その男の人誰?」
「ああごめん、紹介する。従兄」「どうも初めまして」従兄は小さく首を突き出すように頭を下げた。

「しょうがないわね。もう少し先まで見て戻ろうと思ったのに」
 親友は明らかにつまらなそうな表情。「でも、本当に心配してたんだから」私があまりにも悲しそうな表情になるので、親友もあきらめがついたようだ。ところが、ここで従兄が意外なことを言い出した。
「いや待てよ。この先が気になる。ちょっと見て行こうか?時間は大丈夫でしょう」
「従兄さん、賛成!」途端に嬉しそうになる親友。「そうか」それに従兄も嬉しそうに意気投合する。
「3人いれば大丈夫、大丈夫。俺は元自衛官だ。今日はサバイバルのフル装備で来た。俺がいる限り遭難しない。だからもう少し先に行こう」

 私はひとりで戻れないから、後をついていくしかなかった。厳密には先頭に従兄で私が真ん中、後ろに親友がいて、私の手を握ってくれたから前に進めたけど。

 従兄はしばらく歩くと声を出す。「おお、これは」私たちも見て驚いた。それまで暗闇の森の中をさまよっていた後、途端に解放されたところに出てきたのだ。目の前にきれいな水が流れていて、美しい鳥のさえずりが聞こえる。幻想的な靄(もや)に覆われていて本当に見たことのない物語で出てきそうな楽園のような世界。

 空を見ると、青空だがややオレンジがかっていた。どうやら日が暮れようとしていたのだ。
「よし、今から戻ると夜が遅くなるんじゃないか。それはかえって危険だ。今日はここで野宿をして明日の朝帰ろう」

「ええ!」私と親友は同時に驚いたが。従兄は嬉しそうな表情で「大丈夫だって」と一言。従兄は背負ってきていた大きなバックパックの中から何かを取り出した。そしてその場でテントを作ったのだ。
「俺は外ででも寝られるから君たちが中で寝なさい」そういう従兄はたくましいが、まさか宿泊するとは思っていなかった私は戸惑うばかり。でも親友は嬉しそう。「このふたり本当に似た者同士ね」
 私はひとりため息をついた。

 このような従兄だから当然、非常食もある。親友がどこからか小さな枝をいっぱい集めてきて、従兄が火を興した。こうして日が暮れるときには、テントの前にたき火ができていたから暗くはない。
 親友は嬉しそうに非常食を食べる。「こういうの一度やってみたかったの。まさか本当にできるとはね。花見よりもずっと楽しいわ」

 私はようやく諦めついたのか、単に慣れてきたのかはわからないが、親友と一緒に楽しめる余裕ができたみたい。テントに入った時には3日前からの事もあり疲れたのか、あっけなく眠れた。

 翌日、太陽が昇ってきたと同時に目が覚める。普段の生活ではないような、非常にすがすがしい朝。私たちは朝食を食べると、従兄が「よし帰ろうか」と一言。
 親友は「もう少しいたいけどと」不満そうにつぶやいていた。気が付いたら私もそんな気がしている。「もう少し遊んでいたい」と。ここはそれほど素敵な場所だったから。

 だが従兄は違った。「ダメだって、もう戻ろう」そのあたりの危機管理のようなものは、さすが元自衛官だからだろうか?
 従兄の後をつけるように来た道を戻った。こうして無事に森を抜け、廃墟の建物まで来る。そのまま外に出ると見慣れた風景。立ち入り禁止のロープを抜けて無事に生還した。

 だがこのあと3人は衝撃の事実を知ることになる。立ち入り禁止エリアから出て、町を見ると桜を見たら、散っていた桜が全て、まだ咲く前のつぼみになっていたから。「え、散っていたはずの桜が..…」
 その後知った更なる衝撃。「え、あれから1年が経過していたって、いったいどういうこと?」
 実際に3人の捜索届が出ていたこともあり、突然元気に3人が生還したと大騒ぎとなる。
「バカな、たしか1日半程度しかいなかったはずなのに、1年って」サバイバルに慣れているはずの従兄も、どういう事か理解できない。

 このとき私は最初に親友と会った時のやり取りを思い出した。3日後に再会できた親友が、10分程度しかたっていないとか言ってたこと。
 つまりあの立ち入り禁止エリアとこの世界では時間の流れが違うということだったのか?信じられないことだけどそれしか考えられない。1日が5分くらいの速度の違い。あの世界では確か1日半くらいいたと思うから、こっちの世界では1年たったということか。(1日→5分 365日→1825分=30.4時間)

 立ち入り禁止エリアはその後、重大な問題があったらしく、ロープどころかその外側も含めて絶対に入れなくなってしまった。
 やはり時間軸の流れが違う空間があるのだろう。一般人に見せるべきものではないということか。 
 ということで、あの廃墟の森のさらに奥にある素敵な風景の場所には二度と行けなくなり、親友も私も肩を落とした。
「あんな素敵なところだったにね」「そうよね、私は最初怖かったけど、本当に素敵だった。もういちど見たかったわね」

 だけどそのあとひとつだけ良いことがあったの。あれからさらに1年後、親友と従兄は私が思った通り相性が良かったようで、ふたりは結婚したのだった。



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