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マレーシアの海外文学 第614話・9.28

「キャメロンハイランドって知っているか」突然兄が、俺に話しかけてきた。「え、ああマレーシアの高原だが、それがどうしたんだ?」俺はマレーシアに行ったことがある。それも旅行ではなく留学。欧米よりも安いだけでなく、マレー、インド、そして中華と言う異なる民族が共存する国がどういう物か気になって仕方がなかった。だから5年位前に2年ほど留学している。

「いやあ、最近マレーシアに嵌っちゃってさ」「急になぜ?」
 それを知っているからだろう、兄がマレーシアのことをいろいろ聞いてきた。今に始まったわけではないが、いちいち説明するのが面倒だ。
「いや、ちょうどこの本を古本屋で見つけてさ」と言って兄が目の前に出してきたのは『熱い絹』という推理小説。
「この舞台がキャメロンハイランドだってね。海外の文学作品を読んでいるようだ」
 酔いしれるように語っている兄、だが俺は突っ込まざるを得ない。
「ああ、でも兄貴、それはジムトンプソンの失踪事件を舞台にした日本の作家が書いたものだろう」
「シムトンプソン、それ、それだよ、すごいよな。本当にあったあの事件」ただでさえハイテンションの兄がさらに高くなった。裏返ったような高音を出す。「確かにね。タイシルクで成功した人がマレーシアで失踪。いまだ原因わからずだから、推理小説に使いたくなると言うのもうなづけるよ」


「確かに日本の作家のものだよ。だけど舞台がキャメロンハイランドだ。行ってみたくなったなあ」兄は視線を遠くに向けながら、旅行したくて仕方がないようだ。だがそれは俺にも伝播してしまう。
「キャメロンハイランドか......」俺は思わずため息をつく、留学中俺はは結局そこにはいかなかった。マレーシアの半島でクアラルンプール以外にはペナン島とイポー、マラッカそれからシンガポールと国境を接するジョホールバル。後はボルネオ島のコタキナバルとかそのあたりだ。
「イポーまでに行ったのになあ」俺は兄が興味を示したキャメロンハイランドに行けなかったことを今更ながら後悔。

「あと、金子光晴という詩人に憧れるな。彼もマレーシアを旅して作品を残したんだろ」
「カネコ、ああ、彼も日本人だよ。ていうかさ、兄貴日本人の作品は海外文学とは言わないだろう」
「そんなこと言ったってよ。お前と違ってマレーシアなんか行ったことがないんだ。でも熱い絹にしたって金子にしたってさ、たとえ日本人だとしてもマレーシアの空気を知っているじゃないか。それで充分マレーシア文学だともうけどな」
 兄はそういうが、実際に住んだことのある俺からしたらとても妥協できない。「何かないかな」俺は無意識にネットを徘徊した。そして見つけた。「兄貴よだったら、マレーシア人の書いた文学作品があるよ」俺はさっそく、スマホで探したネットの情報を兄に見せる。

「え、だから、お前は現地のことば知っているから読めるんだろう。そうじゃないんだ」「よく見て、ちゃんと翻訳しているから」
 兄はスマホの画面をしばらく見つめる。「カンポンボーイか、ほうラットと言う人が書いているのか」「そう彼はマレーシアでは有名な漫画家なんだ。本名はダト・モハマッド・ノール・カリッドさん」
 俺は得意げに語った。留学中に彼の漫画をよく読んでいたから親近感を持っている。「あとタウンボーイというタイトルの本もある」

「アマゾンにあると言うことは買えるんだな」「当然、だから兄貴それ読んでみなよ。そしたらまぎれもないマレーシア文学だよ」
「そ、そうだな。わかった。ありがとう。早速買ってみるよ」兄はそう言って部屋を出た。
「あんなこと言ったけど、これは読んでないぞ。と云うこと買おうか」俺は購入することにした。そしていよいよあと一押しで購入という段階に来ると俺は突然躊躇した。
「まてよ、たぶん兄貴も買っている。もし俺も買ったら同じ本が同じタイミングで家に来ることになるな。それも苗字まで同じ兄弟で」

 俺は直前で押すのを止める。そして兄貴が読んだら借りようと思うのだった。


参考:

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シリーズ 日々掌編短編小説 614/1000

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