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火見酒 第809話・4.12

「しかし、内田君、面白いなここ」職場の織田先輩はジョッキに入ったビール片手に笑う。
 今日は先輩が僕と飲もうと誘ってきた。僕が「それだったら面白い席を用意しますよ」と言ったら織田先輩は「へえ、そりゃ楽しみだな。期待しているよ」と楽しそう。

 こうして僕と先輩は定時で仕事を終え、とあるお店に行った。会社から比較的近くにあるお店でだが少しわかりにくいところにある。僕が常連とまでではないけど、過去に2.3回行ったことのあるお店であった。
「ほう、この路地か、入ったことがないな。個性的な店なのか?」先輩は僕に質問をするが、僕は答えない。言葉で説明するより実際に見て、感じてもらった方が良いと思っているから。

 こうして路地の中にあるさらに小さな店に僕たちは来た。「織田先輩ここです」「ほう、内田君、ここは火見という名前なのか」先輩は屋号を見て何か考え事を始めた。
「先輩、とりあえず入りましょう。今日予約しましたので」
 ドアを開ける。中はカウンター席が10席ほどあり、その横にはテーブル席、奥には座敷の個室があった。
「2名で予約していました、内田です」僕は中に入ってそう伝える。「いらっしゃい、特製火見コースですね。奥の個室どうぞ」
 後ろから入ってきた先輩はやや驚いた表情に。
「おい、別にカウンターでも良いんだけど、個室って大げさだなあ」
「今日僕が頼んだ火見コースは、個室専門なんです。とりあえず入りましょう」

 個室に入ったふたり、最大6人くらいは入れる大きさの個室で、僕が入った部屋のほかに同じような個室が後3室ある。
「まるでカラオケルームのようだ」と織田先輩。確かにそうかもしれない。「僕も初めて入った個室です」と返事をした。あとは先輩同様に部屋を見渡す。個室の部屋は座敷であるが、日本的なふすまや障子のようなものはない。黒い壁に覆われたような部屋。確かにカラオケルームに似ている。
 防音がしっかりしているのがわかるし、よく見ればスピーカーもこだわりのものを置いている。

 ただこれはカラオケルームとは明らかに違うが、際立って不思議なのはテーブルだ。通常の6人用のテーブルの倍以上はある広さ、不用意に広く感じてしまいこれに何の意味があるのかわからない。
「でも、火見コースはこの部屋らしいです。僕もそれ以上は...…」
 僕がこのコースを知ったのはひとりでこの店で飲んでいた時のこと。

 その日僕はカウンター席でひとりで飲んでいた。メニューはよく居酒屋に置いているものとそん色はない。まあチェーン店のようなドリンクの品ぞろえはないけど十分だ。料理もそれなりに美味しい。
 その時に隣に座っていた客が突然大声でカウンターの前にいた店主に話しかける。「マスター、火見コースいいねえ。またお願いしようかな」と嬉しそうに質問すると、店主も口元を緩ませながら「いつでも行ってください。席があれば当日でもできますので」と返事をする。
 これを横で聞いた僕は、火見コースが気になった。「いったいどんなコースなんだろう?」とはいえ、ひとりでコースもどうかと思っていたが、今回先輩が飲みに誘ったという次第だ。

「マイクはないな。あんなに大きなディスプレイがあるのに?」確かにこの部屋には大きなディスプレイ画面があった。
「映画でも見られるのか?」相変わらず織田先輩はそわそわして、いろんなものを見ている。僕は静かにコースの料理を持ってくるのを待った。
「お待たせしました。火見コースはこちらです」と店の若いスタッフが入ってきた。そのとき先輩も僕も驚く。コースと言えば順番に一品か二品くらいを順番に持ってくるもの。ところがこの火見コースはいきなり全部持ってきたのだ。

 前菜、造り、焼き物、揚げ物などが順番に並んでいく。そのうえ炊き込みご飯とデザートのフルーツまですでに持ってきている始末。
すべての料理を置くと店員が説明をする。「では、あと2・3分後に始まりますので、ごゆっくり。酒はそちらで自由に飲めますハイ」そう言って店員は立ち去った。

「自由に飲めますって!おお、これはビールのサーバーか?」
「先輩、こちらは焼酎のサーバー、あ、ワインもだ」僕は火見コースが飲み放題のプランで、ビール、焼酎、ワインが飲み放題と聞いていた。だがまさか自分たちで好き勝手に酒が注げるとは想像もしていない。
「つまりスタッフはもう来ないという事か...…」

「まあいい、ビールを飲もうぜ」織田先輩は早くもからのジョッキに生ビールを注ぐ。「君の分もついでやったぞ」得意げに先輩ズラをする。僕は適当にうなづいてビールをもらった。
「カンパーイ」として乾杯をしてビールを飲む。「うん、うまーい」と先輩は早くも酔っているかのような上機嫌。僕はマイペースで静かにビールのうまさを噛みしめる。
 そのあとは目の前にある料理を適当につまみ始めた。

 しばらくすると画面が薄暗くなる。「なんだ?何が始まるんだ」先輩が驚いているとディスプレイに映像が映った。「何か書いていますね」僕はディスプレイに映し出された文字を読む。
「当店自慢の火見コースは、火を見ながら飲み食いをするものです。桜の花見をするときは飲み食いをしながらすることが多いですが、それを桜の花ではなく火でやってみようというのが火見コースの特徴。
今からコースの制限時間2時間の間、火の映像が延々と流れます。様々な炎を見ながら、どうぞ飲み食いの宴会をお楽しみください」

「火を見る...…」先輩はジョッキのビールを一気飲み。空になったので自分でビールを次ぐ。そうしている間に文字の映像が消えると突然炎の映像が流れた。ただ映像が流れているだけではない。炎が燃えるときに聞こえる音。「パチリ、パチリ」という音が入っている。それは室内に入ったスピーカーから流しだされた。
 僕はディスプレイに近づいてみたが、その周囲の温度が高くなっている。「火の近くという事か、なんとリアリティな」僕もまさかこんな展開になるとは知らないから驚きのまま炎の映像を見ているが、先輩はずいぶん気に入ってくれたようだ。
「うん、花見酒ならぬ火見酒、こりゃ美味しい酒が飲めるぜ」早くも顔が赤らめていた先輩は次にワインを注ぐのだった。


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