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 一体何のために 第821話・4.24

「ふう」どこからともなく小さなため息が聞こえる。よく見るとそこにはひとつの物体があった。だがそれからの声かはわからない。しばらく沈黙が続く。
 どのくらいの間、沈黙が続いたのだろう。またため息が聞こえた。「ふう!」それからまた沈黙が始まる。だが、次は前回よりも早くため息が響いた。どうやら定期的に聞こえるようなものではないようだ。

「はあ」今度は別のため息。ようやくため息の発信元が特定できた。やはり目の前の塊から発せられた声。それはマシュマロのような白い塊のように見えるが、それには方向があるらしい。前方には顔がついている。
「ああ、いったい」その塊はため息以外の言葉を発した。何かを語りかけている。
「い、いったい何のために」塊は何か自分自身に説いているような口ぶり。
「何のために存在しているのだろう。わからない」塊は自らの意思を持っていることはわかった。だけどその意思は、否定的な言葉で埋め尽くされている。
「目はある、口もあった。だから声を出せる。出せるけど一体」塊はそういうとまたため息をついた。「ふう」
 
 この後、塊はしばらく沈黙。あまり声に出して話をしすぎると、疲れるのかもしれない。
 しばらくの沈黙。塊の周りの空間には何もなくただ静かな時間だけが流れた。あまりにも静かなため、どのくらいの時間が経過したのだろう。

 わからないが、少なくとも沈黙は破られた。「一応足もある。あるけどこれは使えるのか?」
 これは想像だがこの塊は、元々意思がなかったのかもしれない。あるとき、突然意思が芽生えたのだろうか?だから自らの体の一部が、どう機能するのか理解できないでいた。

「使えないものがついているはずはない。使えるはずだ。ふう」塊は足を使えないか考えた。だがまたしても疲労がたまったのか、しばらくの間、沈黙が続く。


 今度は今までとは、けた違いの長い時間が過ぎた。塊は動かないまま声も出ない。眠ってしまったのだろうか?
 眠ったのか?それとも起きていて、考え事をしていた。あるいはただ休んでいただけかはわからない。塊は固まったままそこには存在している。もう2度と反応がないのかと半ばあきらめていたが、それに反応したのか?ほどなく塊に動きがあった。
 その反応は、声ではない。具体的な動きだ。それは塊が少し上に浮き上がろうとしている。どうやら塊は最後に発した「使えるはずだ」を試そうとしているのだ。
 確かに塊には4つの足らしきものがついている。見た目、非常に短くて小さいからとても使えるようには見えない。だが塊は使おうとしている。それが自らの体についている以上、挑戦するのだ。

 塊は浮き上がったが、明らかに不安定なのか、小刻みに震えている。前方の顔の部分、先ほど声を出したときには穏やかな表情をしていた。だけどこのときの表情は厳しい。相当無理をしているのだろうか?それでもその塊はただ立ち上がっただけでは済まなかった。左前脚と思われる部分をさらに浮かせようとしている。

「...…」塊は何か発しようとしていた。だが声となって聞こえない。おそらく足を動かすので体力を使い切っているのか。小刻みに震えていた体はさらに大きく揺れているような気がした。そのうえバランスがおかしい。だけど先ほどの左前脚、それは大きく宙に浮いていた。それが少し前の方に重力を預けようとしている。その距離はおそらく10センチにも満たないであろう。

 だが、塊は必死。ついに体全体が少し前に動いた。ここで左前脚が着地すると、斜め後ろになっていた右前脚が動く。体は相変わらず不安定に揺れているが、先ほどよりは安定しているように見える。こうして先ほどよりは早く右前脚が着地、同時に後ろの左脚が宙を舞った!

 後ろの左脚、それから後右脚も同様に宙に浮かび、数センチ前に動いた。こうして塊は、全体を数センチ前方に動かしたことになる。
「使えた、あ、足が使えた!」ようやく塊から発する声。この声は最初のころのような絶望的な溜息とは違う。何か希望に満ちた明るい声。たとえ数センチであっても前進し、足が動いた。それは、足がしっかりと機能したという事実。塊はそれがうれしくて仕方がない。
 
 だが塊の喜びはここで終わった。終わったというより強力な疲労が塊を襲ったようだ。「つ、疲れた」塊の声は先ほどと違いって低く小さい。その後、また固まっって反応しなくなった。
 塊にとって。たとえ数センチでも体を動かすことは相当な体力を使ったことがわかる。だが魂の塊は先ほどとは違った。体がゆっくりと膨らみしぼんでいるのを繰り返している。これは横隔膜だろうか?そういえば良く耳をすませば、静かな寝息のようなものが聞こえてきた。



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