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思い出の曲 第1009話・10.30

「今年の秋も去年の秋と同じことをやるんだけど」と、部屋の片隅に置いてあるラジオから聞こえる声。その直後に「思い出の曲リクエストを待っています!」と続いた。
 ラジオを聞きながら私は、一瞬自分にとっての思い出の曲とは何だろうと考えてみる。もちろんラジオにリクエストなど考えていない。ただ私の人生を語るうえで、思い出の曲とは何かを考えてみたくなったのだ。

「思い出の曲、うーん、うーん」最初はあっという間に思い浮かぶものかと思っていたが、実際には全く浮かばない。考えれば考えるほど自分にとって「思い出の曲」とは何かわからなくなっていた。
「ダメ!力んで出るものじゃない。これはもっとリラックスしたときにふと思い出すものに違いないな」

 確かにそうだ。何にしても力むとろくなことがなかった。どうしても前に進まない仕事も一晩寝るとあっけなく進むもの。リラックスしたときの方が出るだろう。「別にリクエストするつもりないしね」
 そう思って深呼吸。以降は思い出の曲を考えるのをやめた。だけどラジオからは早くもリクエストがあったようで、見知らぬ誰かの思い出の曲がラジオを通じて流れてきた。

「そんなに早くリクエストできるなんてよっぽどよね。その思い出って、その人の思い出って何だろうね」と思った。実際にはラジオでは今流れているリクエストをした人の思い出を、曲が流れる前に紹介していたのだが、自分自身の思い出の曲を考えていたから聞き逃している。

 しばらくラジオを聞き流しながらソファーでリラックスしていたが、突然空腹を覚えた。「何か食べよう」そう思ってキッチンに入ったが、すぐに食べられそうなものが限られている。ちょうどごはんが炊き終わった合図がした。その時にふと思い出す。肝心のおかずがない。「作るつもりだったのに!」本当は、ごはんの炊きあがりに合わせて簡単なおかずを作ろうと思った。しかし、ラジオから思い出の曲のリクエストの話を聞いてから、おかずを作らずに、思い出の曲を考えることで頭がいっぱいになる。結果的におかずを作るのを忘れてしまったのだ。

「ご飯炊けちゃったし、お腹空いたしうーん」ここで冷蔵庫を開けると、ちょうど卵が視線に入る。「卵、そうか、たまごがけごはんにしよう」即決すると、さっそく茶碗に炊き立て炊飯器のふたを開けた。途端に白い湯気から立ち込める。そこからほのかに鼻に伝わるごはんの香りはたまらない。さらに炊き立ての光輝くご飯の様子を見ると、余計に食欲がそそられた。

「さて、卵をっと」どんぶりに入れたご飯の真ん中に、わずかな窪みを入れてその上に卵を落とす。この卵は前の日に買ってきたばかりの新鮮なもの。 
 殻を割り出てきた生玉子の黄色い卵黄も下のごはんに負けじと輝いている。その間を幕のように覆いかぶさる卵白も素人目からしても新しいものがわかるくらいだ。

「ようし、食べちゃえ」と思い、卵の上にしょうゆをかけると、そのままご飯と勢いよく混ぜると、そのまま口の中に入れる。「うまい、うまい」とどんどん口の中に入れる。豪快に食べていき、あっという間に半分以上を食べた。 
 ところがここで突然箸が止まる。「ああ、まただ」このときに過去のトラウマがよみがえった。おいしいものを見ると目が無くなり勢いよく食べる癖が、以前大きな失敗というか恥をかくことになったから。

「マナーがなってませんね」香りを漂わせている年上に、厭味ったらしく言われたこの一言。思い出すたびに胸に突き刺さる。「よりによってフレンチのコースでやっちゃったからね」
 その時食べたフレンチのコースはどれもおいしいかった。だがろくにテーブルマナーなども知らないから、適当に食べるとそれが周りに不快に感じさせてしまったらしい。デザートの段階になって横にいた人にチクリといわれた言葉がそれだ。
「あの人のきつい香り、絶対に下品な香水だと思うけどね」というのも思い出したが、そんなことはもうどうでもよい。

「ああ、反省していないな」今は別に誰もいないが、やはりあの時から少しでもマナーを守るというか上品に、周りから見ても恥ずかしく無い食べ方をしようと思っていた。それがまた下品に勢いよく食べてしまったのだ。「今からは上品にいこう」こうして再び箸を動かしたが、先ほどのような豪快さは鳴りを潜める。ゆっくりと噛みながら食べるしぐさは確かに上品で、マナーが出来ているようだ。

 こうしてたまごがけごはんを完食した。「あ!」その時だ、ある曲を思い出す。「そうそうあの日、ショックで家に帰ってから何か音楽でも聴いて気晴らしにって思ったときに流れてたあの曲、あの曲よ思い出の曲は!」

 こうしてようやく思い出の曲を思い出した。だが思い出してはいたが、まだ未完成だ。なぜならばメロディだけを思い出したが、その曲のタイトルも誰が歌ったのかも覚えていない。あいまいだから日本語ではなかったかも知れないし。


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シリーズ 日々掌編短編小説 1009/1000

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