なんとかなるさ 第855話・5.28

「そんなにつらそうな顔をしなくても......」野田は、親友の田野の家に遊びに来ていたが、田野の表情を見て野田は心配そうに声をかける。「あ、そんなに暗いかな」田野は野田を見た。野田は「いつものお前と違うよ」という。
「そうか、やっぱりわかるわな、うん」と田野は口を緩めて笑顔を作るが、目が笑っていない。
「何があったのかわからないが、何とかなると思うよ」野田は励ます。「何とかなるねぇ......」と田野は小さくつぶやきくと、大きくため息をつく。

 野田は田野の肩をたたき「金に困っているのか?」と言った。だが田野はそれに対して少し反発。「金?おい、それって、金を貸してくれるって話かよ。じゃなければ安易に言わないことだ」
 野田はそのことを理解しているのだろう。余裕の笑みを見せ「もちろん、お金を直接にという話をされてもそれにとは行かない。でも仮にそれが理由だとしても話をしてくれれば、何らかの活路が見出せるかなって思ってな」

 田野は野田を見た。明らかに敵意があるかの如く鋭い視線をぶつける。「金の話を匂わせながら、結局知らないってか。ふん、ずいぶんとお気楽だね。親友だと思っていたのに残念だよ」
 だが、それを聞くと、さすがの野田の表情も硬くなる。「ちょっと。それは言い過ぎだろう。まだ何も言っていないのに、金の有無だけでそんな人の扱いをを見るとは、そちらこそ親友とは思えない言い草だな」

 ふたりとも表情が険しい。確かにお金が絡むと人間関係が崩壊することはよくある。だが、まだ具体的なお金のやり取りもなく、その会話上のやり取りで早くも険悪になってしまう。しばらくの沈黙。お互いがお互いを探りを入れるような時間。ここでどちらかが妥協するなり、何か違う話題をしないと気まずいまま、友情もろとも終わってしまいそうである。

 しばらくの沈黙の後、ようやく野田が口を開いた。「あ、さっきのいい方は多分俺が悪かったな。悪い、許してくれ。どうだ。もう話題を変えないか?」
 やや表情は硬いものの野田のこの一言で、田野も救われたようだ。「い、いいんだ。俺のことを気にして、そう言ってくれているのわかっている。大丈夫、俺もそのことは気にしていないから。もうこの話やめよう」と口元を緩める。

 あっけなく仲直りしたふたり。ここで野田が何か思いついたようだ。「気晴らしに酒でも飲もうか」「酒か、それはいいなあ。実はまだ飲んでいない封を切っていない日本酒があるんだ」田野はそういうと、立ち上がりキッチンに向かう、1分もたたないうちにキッチンから日本酒の一升瓶を持ってきた。

「日本酒か、いいねえ」と野田も嬉しそう。何を隠そうこのふたりは大の酒好き。ゆえに親友だと言っても過言ではない。


「では、カンパーイ!」田野が持ってきた日本酒をさっそく開けて、コップに入れてそのまま冷で飲むふたり。かすかな日本酒の香りをかぎながら、口の中に含む。そのまま日本酒が喉に入って通過すると、喉が熱く感じている。やがてアルコールが回るのか、体中が火照るようになった。
「田野、これは地酒なのか」「そう、一応吟醸と書いているから高級な酒だぞ野田」「どおりでうまいわ。ハハハハハハ!」

 こうしてふたりの間では笑い声が絶えなくなった。ちなみに田野が悩んでいたと思われる理由は結局わからないまま。でも野田はもうそのことはどうでも良くなっていた。酒を飲み始めてからはナチュラルに表情が明るいまま田野が嬉しそうに飲んでいるから。恐らく田野のその悩みは致命的ではないのだろう。「やっぱり酒を酌み交わすと、なんとかなるさ」と、酔いが回り顔を赤らめながら野田は思った。




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