見出し画像

あかり 第637話・10.21

「本当に真っ暗だ!それにしてもずいぶん古いトンネルだなあ」僕はある山の中、すれ違いが難しそうな細い林道を歩いていた。地図によればこの林道を通れば、目的地まで最速のようだ。だが一応ここまで舗装はされていたが、ほとんど手入れされていないようなところ。少し不気味だったけど山を抜けるのには最も早い方法だ。
「持ってきておいてよかったな」僕はリュックから懐中電灯を取り出した。そしてトンネルに入る瞬間、懐中電灯をつける。それまで何も見えなかったけど、懐中電灯の明かりをつけることで、ようやくトンネルの雰囲気が分かる。「洞窟体験のようだ」などと言いながらトンなるの中に入った。そして見たところ、これはレンガ造りのトンネルで、レンガの隙間から何か植物が芽を出しているのが見える。それにしても先は真っ暗。地図上では1キロほど進んだ先に出口があるはずだ。

ーーーーーー
「へ、へへへへ。そりゃなんだか、ホラーの始まりのようだな」ここはある居酒屋。僕は先日起きた話を、飲み仲間と話している最中だった。
「ああ、この話だと確かにホラーのようだな」僕は酒がそれほど強くないのに飲み会が大好きだ。そして楽しい仲間と会えば、ついつい飲むペースが速くなる。
「今日もガンガン飲むよ!」僕はジョッキに3分の1入っていたビールを一気に口の中に流し込む。すでに2杯目が終わった。このころになると、喉に染み渡る冷たい炭酸水というより、飲むことで体全体が火照る存在に代わっている。

「酔った。でももう一杯だ」「おう、飲め飲め!」飲み仲間が、どんどん煽るから僕は3杯目のジョッキを注文した。
「おっと、トイレはどこだ?」僕はビールを立て続けに飲んだから、急にトイレに行きたくなったので立ち上がる。「あれ、ちょっともう」そんなに酒が強くないのに、勢いで飲むから一瞬足元がふらついた。でもまだ大丈夫。 
 若干顔の周りがぼやけていた。つまり酔っているようであったが、自力で普通に歩ける。とりあえず飲み仲間の中で、最初にトイレに行ったのが僕だから、店の人にトイレのありかを聞く。

「あ、すみません、離れなんです」「離れ?」僕は驚いた。店の人は恐縮そうな表情で、僕に懐中電灯を持たせると「トイレはこの外にある小屋です。すみません、トイレはこの路地の店全体で使う共用なんで、はい」と何度も頭を下げる店の人。

「そういうことか」僕は懐中電灯をつけて店の外に出た。

ーーーーーー

「あれ?」ふと我に返る。「そっか寂しさのあまり、この前の飲み会のこと思い出しながら歩いていた」でも僕は、それとは別にとんでもないことをしてしまった。誰もいないことをよいことに、トンネル内で用を足してしまったのだ。でも懐中電灯の明かりがなければ、暗闇の中、そのような事実は全く分からない。
「飲み会は楽しかったなあ。明るいところでみんなでワイワイと。でもなんでここにいるんだ」僕は今トンネル内の暗闇を前に思わずため息をつく。「でもトンネルから抜け出せさえすれば、またあかりの世界に戻れる」
 そう言い聞かせると、再び出口目指してトンネル内を歩く。どのくらい歩いたのか? 僕は徐々に孤独と寂しさによって不安が増してきた。「このようなときに持ってきてよかった」僕はトンネルの中でリュックを開ける。何も見えないのに、手の触感で大体の位置関係が分かるのだ。そして水筒を取り出した。
「ちがう、ちがうんだけど、こういうときこそだ」僕が水筒の中に入れていたのは日本酒だ。これではまるでアルコール依存症のようだけど。何を隠そう僕は暗闇は大の苦手。暗闇に長くいると不安になる。どのくらい不安かと言えば、そう部屋の電気を消して眠れないくらい。いつも電気をつけたまま寝ている。さすがに音楽は流さないけど。

 そして今このトンネルをひとりで歩いているのは、その暗闇への不安解消が目的。やはり電気をつけて眠ると睡眠が浅い。これは良くないと自らに課した挑戦だった。でもくじけそうになったときにはと、用意したのがお酒。酒を飲んでほろ酔い気分になれば怖さがまぎれる。そう思って持ってきた。
 一瞬躊躇する。でも本当に飲まないと不安で、前にも後ろにも進めない気がした。「ええい!飲んじゃえ」僕は小声でつぶやく。小声でもトンネル内は僕の声を反射する。コダマのように遠くに音が流れて行った。そんなことは、お構いなし。水筒に口をつけて水を飲むように日本酒を飲む。
 すると体が急に温まり気が大きくなった気がした。懐中電灯を持ち再び歩く。「確かに不安が少し解消した。でも、これってやばくないかなあ」自分でそう言いながら、再び前進。しばらく歩くと、ふと遠くに光の点が見えてきた。「やった。出口は近い!」

ーーーーーー
「ていう話なんだ。どう全然ホラーじゃない」「確かにな。でもさ。おまえ、それってアル中だよ絶対」僕は飲み会の席に戻っていた。
「でも怖かったんだよ。でも無事にクリアできた。前回の飲み会の約束通りだ」僕はふらつきながらも証拠となる写真を見せる。でも入口は問題ないが出口では手がぶれて画像が乱れていた。「おい、飲みすぎだよ。これ見たらまだ昼間じゃん。酒臭い状態で帰ったのか?」
「多分、だけど不安だったんだ。そういうこと言うんだったら僕と同じことやってみなよ。あの不気味なトンネルで」
 僕は酒の勢いも相まってムキになる。でもほかのメンバーは僕より酒が強く、僕が寄ったら口調が強くムキになることをしていた。だから「始まったぜ」と言わんばかりの表情だ。
「嫌なこった。お前、そうまでして暗闇の恐怖症を解消する必要ないんじゃないか。あかりは大事だって、いいんだよ。あかりつけて寝てたって」飲み仲間はそういって大笑い。彼は笑った後、焼酎をおかわりした。

 こうして、飲み会は終わった。「僕はこれで」「おう、またな」ほかのメンバーは僕よりみんな酒が強いから二次会に行くと言って反対方向に歩いて行った。僕はほろ酔い気分で街を歩く。いつものやり取りだから笑われても後に残らない。それどころか、また近いうちに集まって飲むことが決まった。「家まで今日は怖くない」僕の家は町中から少し離れたところ。
 ここは農業の盛んな場所だから町中を離れるといきなり田園地帯になる。昼間はいいけど夜は暗闇。「ほんと暗闇、ああ嫌だ」僕は小走りに歩く。でも知っている道だから迷うことはない。そしてようやく見えた。僕の家の明かり。「明かりをつけたまま出かけて良かった」僕はやっぱり暗闇が苦手。あかりがないと生きていけないようだ。



こちらから「旅野そよかぜ」の電子書籍が選べます。

------------------
シリーズ 日々掌編短編小説 637/1000

#小説
#掌編
#短編
#短編小説
#掌編小説
#ショートショート
#スキしてみて
#あかりの日
#トンネル
#居酒屋
#ほろ酔い文学

この記事が参加している募集

スキしてみて

ほろ酔い文学

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?