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死を書くということ 第1058話・12.22

 明日はどうなるのかと思いつつ眠る。こうして眠ったが以降の記憶がない。「もしかしてこれは?」想像していたものとは違う。視覚も聴覚も何もない暗闇にいる。夢のような映像は出てこない。このことは何を意味するのかなんとなく理解したが、思っていた世界とは明らかに違う。川も流れていなければ、そのあと今までの人生を振り返りながら審査をするような存在もいない。

 そういえばいつしか嗅覚も全く感じなくなっていた。寝ているはずだがその感覚もわからない。もしや触覚もマヒしているのか?要するに五感が完全に崩壊した。第六感とかそのあたりはどうだ。まったくわからない。
 そういえばもう寝ているのか、起きているのかもわからなっている。体の感覚が全くなくなっているから、もしかしたら宙に浮いているのかもしれないのだ。

 このまさかの状況を誰かに伝えようと思っても、もはやだれにもそれを伝えることができない。やがて時間軸もわからなくなってきた。いったいどのくらいの時間が経過したのか?と思っているが、それすらももう認識できない状況になりつつある。過去の記憶も消えているし未来は何もない。

 今、自分はどういう存在なのか、いよいよそれすらもわからくなっている。意識がもうろうと、いやもうないのだろう。気が付けば完全に無になった。

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「どうだ、こんな感じで書いてみたんだが、どうかな」作家の山本はそう言って、山本の部屋にまで来ている編集担当の野中に自らの作品を伝えた。
「たしかに...…これこそが、現実なのかもしれませんね」

「だろう。あくまで私も君も含め誰も知らない世界だ。いつかはだれもが体験できるが、その体験が始まれば、もう元には戻れないからな」
 
 この文章は山本が死を表現したものである。最晩年を迎えた人物が眠ったまま死んでいく様を想像で書いたものだ。山本は自らの思想として輪廻転生も天国も臨死体験も存在しないと思っている。死ねば無になると思っていた。だが、その死んだ瞬間の無とはどんな感覚か?恐らくは瞬時に完全遮断しすべてが無くなるのだろう。けれど、それを何らかの文章で表現できないか試行錯誤し、ようやく出来上がったのだ。

「こんな企画はどうだ」山本は1週間前に複数の出版社に対して企画を出した。「今までにない死の体験を書いてみたい」と説明する。こうして一社だけその企画に興味を示した。それが野中の出版社。と、言っても、野中の個人商店で従業員は野中ひとりである。

「なんとなくわかりました。ただ、これで...…」野中は腕を組んで唸りだす。
「無理か、今までにない斬新なものかと思ったが」
「これだけでは、誰も読まないでしょうし、あまりにも暗い終わり方。確かに最終的にこうなるのかもしれませんが、誰もこういう話を知るのは嫌なんじゃないでしょうか?」
 野中の熱い語り、野中の会社もギリギリのところで踏ん張っている状態だ。山本のようなほかの人が思い浮かばないような作品を積極的に採用し、一発逆転を狙っている。だから表情は真剣そのもの。

「死だけをとらえるのが無理というのか。その前の例えば刺された時の痛みとかをいれたほうがよいのかぁ」山本も腕を組みため息をつく。
「眠るように死ぬというものを表現したかったが、うーむ」

「もしこの文章表現をするなら、こういうのはどうでしょうか?」ここで野中は何かをひらめいたようだ。
「例えばどんなのが良いかな?」

「はい、これは物語のラストシーンで使いましょう。もちろん主人公ではなくヒールの方です。主人公に対して徹底的に痛めつけるヒール、つまり悪役がいて、主人公は死の直前まで追い詰められます。しかしここからの逆転劇、主人公はついにヒールを倒すのです。こうして勝利に喜び、瀕死のヒールを残して立ち去る主人公。まもなくクリスマスですから主人公はそのままクリスマスを楽しむシーンを入れても良いでしょう。
 そして残されたヒールはもう起き上がれず、そのまま死を待つだけ。最後は力尽きて眠るように死にます。その時このシーンを入れたらいかがでしょうか」

「ヒールか、まあ死ぬ対象はだれでもよい。誰でも必ず死ぬのだからな」山本は野中の提案に何度もうなづいた。
「では、どうしたら良いかのう」
「はい、最終的にこの死のシーンが生かされるように、それまでのシナリオ考えましょう。ぜひ素晴らしいシナリオをができることをお待ちしています。ヒールは死んで当然のような本当の悪でお願いしますね」
 そこまで言うと野中は立ち上がり、頭を下げると山本の部屋を出て行った。

「シナリオか、さてと」山本は、野中の言い分はおおよそ理解できた。だが徐々に首をかしげる不思議な気持ちになっていく。
「まてよ、死を中心として取り上げたいのに、これではそれまでのシナリオがメインに、はぁ」山本は大きくため息をついた。それでも自分の企画した話に唯一乗って来てくれた野中である。ぜひ自分の作品を採用してほしいから、山本は渋々一からシナリオを考えるのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 1058/1000

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