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能古島から志賀島へ 第857話・5.30

「いい休日だったなあ。さてこの後はどうしようか?」「うーん、確かに初夏の花はきれいだけど、やっぱり私は晩秋かなぁ。紅葉見たかったわ」と、あまり乗り気でないのは霜月もみじ。
 夫の秋夫は呆れかえった表情をしながら、海が見える一面に咲いていたマリーゴールドを物珍しそうに見つめている娘の楓のほうをみた。

「こんなに花がきれいなのにねえ。ママが、おかしなこと言っているよ」秋夫はまだヨチヨチ歩きの楓の手をしっかり握る。そのまま海を見た。「そうだ、もみじ、帰る前にあの先にある灯台を見よう」

 ここは福岡県福岡市。博多湾に浮かぶ小さな能古島に来ていた。ここにあるのこのしまアイランドパークには宿泊できるコテージがあり、霜月一家は一泊。すでにチェックアウトを済ませていたが、福岡市の中心に戻ってからは、どこに行くのかまだ決めていない。

 ふたりは花畑からさらに北側、島の先端付近にある灯台ののところまで来た。ちょっと生い茂った草むらの道を下りながら進むとやがて小さな灯台が見える。「小さい灯台ね。もっと大きいのをイメージしてたけど」ともみじ。それでもスマホ片手に灯台を撮影する。
「ああ、あれが志賀島だなあ」秋夫は海を隔てた先に見える島を指さした。
「ここから直接船が出ていればいいのになあ。誠に残念」秋夫はそういうと大きくため息をつく。
「だったら、行ってみようよ。まだ9時過ぎだし」ともみじはこの日初めて張りのある声で提案する。
「え!でもいったん福岡市内の中心に戻らないといけないよ」「いいわよ。せっかくここまで着て行かなかったら後悔するわ」

 こうして楓も含めた3人は、能古島から志賀島に向かうことになった。まずは来た道を戻る。下りも大変だが上りはもっと大変。特にあまりよくない道、楓は秋夫に抱きかかえられながら登る。灯台まで降りたことを後悔しつつ、どうにかのこのしまアイランドパークに戻ってきた。
 秋夫は楓を下ろし舗装された道を戻っていく。そのままアイランドパークのバス停に向かう。時刻はまもなく午前10時。

 10時過ぎのバスに乗り、まず向かったのは能古島の船着き場。ここは前の日に来た道である。そこからは九州ほどの姪浜まで連絡船・福岡市営渡船が出ていた。「次は11時だな」船着き場まで降りた秋夫は一言。
「今調べたけど。多分博多のふ頭に行くより、姪浜から香椎まで鉄道で行ってそのまま西戸崎に行った方がいいかも」と、もみじは行程を調べていた。

「わかった、君に任せるよ」秋夫はあまり得意ではないのか、そのあたりの行程はもみじに任せている。
 大きな花の絵が描かれた船が出港。姪浜まで10分で到着するミニクルージングだ。船のデッキに流れる潮風を心地よく感じているとあっという間に姪浜に到着した。
「もっと乗りチャイ!」と楓は船旅をもっと楽しみたかったようであるが、そういうわけにもいかない。ここは、もみじがうまく楓の機嫌を取るように手をつなぎ下船した。
 渡船場から駅までのバスに乗る。皮肉にも船よりバスの方がほんの少し所要時間がかかって駅に到着した。

 姪浜駅を境に西側がJRで東側が地下鉄である。霜月一行は地下鉄に乗り込んだ。行先は福岡空港駅。昨日は飛行機で福岡に来た。今日は福岡市内のホテルでもう一泊するから空港にはいかない。明日の昼間のフライトで帰るからまた空港に向かう。
 姪浜駅は高架の駅であったが、次の室見駅では早くも地下に入る。「まっきゅら、まっきゅら」と窓で車窓を見ていた楓はつまらなそう。「楓ちゃんわかるけど、ちょっと我慢。後でまた外が見られるよ」と秋夫が笑顔で楓の頭をなでる。表情はつまらなそうだが、頭をなでると楓はおとなしくなる。地下鉄はそのまま福岡市内の中心部を東方向に走っていく。ふたりが降りたのは博多駅だ。

「新幹線という選択もあったがなあ」と秋夫。そもそも今回の旅行では、秋夫ともみじ、ふたりの間で、新幹線と飛行機のどっちを使うのかで議論した。秋夫は行きか帰りのどちらかに新幹線を希望したが、もみじは「早くて、格安の往復チケットがある」と言って飛行機を希望。こうなると一家の財布を握っているもみじに軍配が上がる。
 新幹線ではなく在来線に乗り込む。ここでまた地上に出てきたこともあり楓は嬉しそう。

 列車はやがて香椎駅に到着。ここから香椎線に乗り換える。列車は最初は北方向に途中から西に進路を変えた。「これが海ノ中道ね!」道路と並行した一直線の道。その様子を眺めていたもみじは、楓に混じるように思わず歓声を上げた。
「博多湾と玄界灘を隔てた天然の防波堤だからな」対照的にその横で冷静につぶやく秋夫。

 やがて公園となっている海の中道を通り過ぎ終点の西戸崎の駅に到着した。
「あとで、海の中道の公園に行くとして、まずは志賀島に行こう」と秋夫。時刻は午後1時になろうとしていた。
「ちょうど、志賀島行きの船があるわ」ともみじ、てっきりバスで志賀島に向かうものだと思っていた秋夫は思わず目を見開く。
「それだったら、博多港経由の方が......」と秋夫は言いかけたのを口元で押さえた。

  13時25分発のに西戸崎に到着した船に乗り、志賀島に向かう。秋夫が思っていた通り、海の中道と志賀島とは陸続きで道路が続いている。だから余計に不振に感じたが、それはふたつの理由ですぐに解消された。ひとつは、楓が嬉しそうにはしゃいでいる。どうやら船のデッキから感じる潮風の心地よさが気に入ったようだ。それと海を航行する船の雰囲気も好きなのかもしれない。

 そしてもうひとつは秋夫自身の事。ちょうど海ノ中島から志賀島の間は砂州と一本の道路が船から見える。志賀島橋の様子は船上から見ていて心地よい。「帰りは道路を通るバスで帰ろうな」秋夫はもみじに念を押す。もみじは小さくうなづいた。
 こうして午後2時前に志賀島に無事に到着。4時間近くかけて博多湾を周回したことになる。到着すると早速、ある方向を見た。他の陸地よりもはっきり見える海に浮かぶ緑の塊こそ、つい4時間前までいた能古島である。
「あそこにいたのか。不思議な感じだなあ。でも来てよかった。楽しかったよ」と秋夫。秋夫の表情を見たもみじも「思い切って提案してよかった」と、嬉しそう。

 こうしてしばらくふたりは能古島を眺めていたが、しばらくすると楓が空気をぶち壊す。「おなきゃすいた!」こうして、霜月一家は、近くの食堂で昼食をとるのだった。




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