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アクセサリーとともに 第921話・8.3

「このビーズで、ハンドメイドのアクセサリーをたくさん作って、売ると言ってたのに......」僕は右手にはめたビーズでできたブレスレッドを見て何度もため息をつく。 
 ブレスレッドは、彼女からのプレゼント。ずっと腕にはめている。だけど彼女がちょうど一年前に、突然亡くなった。出会ったときから何かを感じた相手。一緒にいて楽しく本当に相性がぴったりだと思った。付き合い始めて2年で同棲ををはじめ、1年余りでの悲劇だ。そろそろ結婚を意識し始めていただけに、突然のことでつらいのは山々......。

 まだプロポーズしていなくて、籍も入っていなかったけど、彼女のご両親の好意で、葬儀や一周忌の法要にも出席するとができた。
「いまとなっては、このアクセサリーだけが思い出か」僕がいるのは兵庫県の日本海側の小さな町、香住(かすみ)。彼女の一周忌の法要が終わり、彼女の実家から出てきたところだ。

 生前の彼女とはこの町に来たことが無かった。「プロポーズをしたら、一緒に遊びに行くつもりだったのに......」今となってはむなしい一言。
 僕がこの町に来たのは彼女の死後だが、逆に彼女のご両親が、同棲していた家に遊びに来たことがあった。最初は驚いたが、彼女の両親は大変気さくな人で、すぐに打ち解ける。食事や俺の家の観光地なんかを一緒に案内した。だからこの時ご両親も僕のことをすごく気にしてくれた。まだ未婚ということもあり、葬儀などは実家で行った。僕は葬儀からの一連の行事に出席し、今回の一周忌もご両親からのお誘いがあったのだ。

「まあ、ここに来るのはこれが最後だろう」この後三回忌とか、まだまだ法事は続く。だが残念ながら形式上は、あくまで他人でもある。一周忌まではご厚意で出席したが、これ以上は遠慮するべきだと考えた僕は、そう御両親に告げた。

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「さてと、このまま帰っても良いが......」僕は彼女の故郷での最後の思い出と思い、この町の周辺をもう少し歩いてみることにした。どこに行こうかと駅に向かっていると彼女の印象的だった次の言葉が頭に思い浮かんだ。
「あそこはいつも怖かったわ。もう架け替えられたけどね」彼女が子供の時に渡って、トラウマのように怖かったといういう餘部(あまるべ)鉄橋を見たくなった。だから俺が到着した香住駅から本来帰るべき方向とは逆、浜坂行きの列車に乗り込んだ。

「餘部駅の手前が鎧駅だな。そこからは意識しないと」列車に揺られながら、僕の右腕に付いたままのブレスレッドを眺める。眺めていると、まるで彼女が隣にいて一緒に旅をしているかのよう。会話などは楽しめないが、籍の横に彼女のぬくもりのような感覚を覚えるのだ。
 やがて鎧駅に到着した。降りるのは次の餘部駅だが、その間に彼女が怖がっていた餘部鉄橋があるという。
「怖がっていた鉄橋は2010年で無くなって、今は新しい鉄橋になっているのか」僕は列車で鉄橋に向かっている。やがて視界が開けるとコンクリートの橋をそれまでとは違い、コンクリートを反響しているような音を鳴らしながら通過。「ここか」僕は車窓を見た。確かに高い場所、下は観光地のようになっている。コンクリートの高架橋を過ぎるとすぐに餘部の駅に到着。

 駅を降りるとその場所から遊歩道になっている。この遊歩道には「空の駅」という名前がついていた。そこは橋がかけられるまで元々の鉄道の線路だったところ、鉄橋の途中まで歩けるという。
「当初の予定とはずいぶんと違うが、こうやって一緒にこれたな」僕は心の中で呟きながら、鉄橋だった遊歩道に向かって歩いて行く。並行して今走っていた鉄道の線路の方向に、ときおり視線を送りながら......

 遊歩道はレールをそのままコンクリートで埋め込んだように続いていた。いざ橋のところまで来ると、背の高い金網があり、落下防止に一役買っている。やがて遊歩道の突き当りのようなところまできた。金網で覆われた先に少しだけ当時の線路が残っている。僕はしばらく展望台となっている鉄橋から、周辺の眺めを静かに堪能した。

 しばらくしてから右腕についたままの彼女が作ったブレスレッドを眺める。「ここから降りてみようかな」展望台にはほかにも観光客がいたが、僕は気にせず声に出す。クリスタルタワーという名前のガラス張りのエレベータで下に降りる。ここからは40秒ほどの時間をかけて降下した。そこには道の駅あまるべがある。

「これが本当の最後だな。思い出に何か食べて帰ろう」僕は道の駅のレストランに入った。ここで食事をすると、すぐにこの地を後にして家に帰る。
 彼女の故郷とはこれでおさらば。だけど彼女のことは、ずっと心の中にとどめ続けるだろう。
 注文した定食が届く間、僕は腕につけたままの彼女のブレスレッドをもう片方の手で握りしめた。

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