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異世界への入口? 第734話・1.27

「伊海さん、お忙しいところ、お時間を下さりありがとうございます」研究者の横山は、恭しく頭を下げた。伊海は画家で、個性豊かな絵を描くということでその道では有名な人物。しかしそのいでたちは背が低く小太りで、丸いおなかが、明らかに前に出っ張っていた。
「どうぞ中に」靴を脱ぎ、スリッパをはいた横山は、伊海のアトリエに案内される。各部屋にはドアがなく、解放され画家らしく数多くの絵が多く置いてあった。完成間近のほか、描きかけのものやほとんど白紙に近いものもある。だが、横山は絵の研究者ではない。ではなぜ伊海のアトリエにわざわざ来たのか?それはある絵のため。

「これです」一番奥だけは、ドアが閉められていたていた。「ここに入っても」「どうぞ、ここはスリッパを脱いでいただければ」伊海に言われるように横山がドアを開ける。そこは4畳半ほどのスペースだが天井も床もそして壁も真っ白の空間。窓もない。ただ奥に一枚の絵が見える。
「あの絵ですよ」横山は絵の近く大体2メートルのところまで近づいた。見た目抽象画のようであるが、幾何学模様にも見える絵。

「直接壁に描きました」と伊海が語る。横山はインパクトの高い絵に息をのむ。そのまま絵を眺めていると、絵に吸い込まれそうな気がする。思わず首を軽く振り、我に戻った。
「本当に素晴らしい絵だと思います」横山は素直に絵を評価。
「ありがとうございます。これはまさしく異世界の扉。私はそう確信しました」後ろで自慢げに語る伊海は大きく胸を張る。

「ふたつ疑問があります」横山は振り返り伊海を見た。「なんでしょう」「まずこの部屋に描いた理由です。最初からこの絵を描くつもりだったのでしょうか?」
 伊海は静かにうなづくと「元絵はこちらですね」と、手にしていたスケッチブックを開ける。「おお」スケッチブックには目の前とほぼ同じ絵が描いてあった。「こちらは、色鉛筆でスケッチしましたね。なぜそれをしたのか?前の日の夢で出てきたものなのです」
「夢に出てきた文様だったのですか......」横山は静かにつぶやく。
「目が覚めてもその文様は頭の中に残ったままです。私はこの文様には何かがあると慌てて書き留めたのがこちらの絵。「なるほど。で、壁に」

「はい、同時にこの文様は、異世界への入口ではと私は確信しました」最初はゆったりと話していた伊海は、この辺りから急に堰を切るように早口になる。
「そして、描けばそこが異世界への入口になると確信した私は、倉庫にしていた部屋を改造。その正面に、天然の岩絵の具で描いたものが、こちらです!」
 横山は少し首を傾げ冷静な口調。「お話は分かりました。そこで次の疑問です。異世界をイメージされて、壁に岩絵の具で絵を描いたまではわかりました。芸術作品としては素晴らしいでしょう。しかし、どうしてそれが本当の異世界の入口なんですか? これは所詮2次元に描かれた絵。その先は壁ではないのですか?」

 ここで伊海は、ポケットから何かを取り出した。「それは?」「単なる小石ですよ。どうぞ触ってください」伊海から受け取った小石を手に取る横山。確かに河原にあるような丸い石にしか見えない。
「その石をあの絵めがけて投げてみてください」「え、そんなことをすれば絵に傷が」
「投げてみてください。それでわかります」自信に満ちた伊海の表情は、今まで見たことのない鋭い視線。「わ、わかりました」横山は石を絵めがけて投げる。石はそのまま絵に衝突して、その後ろの壁にぶつかり跳ね返ってくると思った。ところが絵に吸い込まれて戻ってこない。
「あ、ええ?」「お判りでしょうか?石は戻ってきませんね。つまり石はあのゲートから異世界に吸い込まれたのです。

「あと、こちらを」伊海はまたポケットから短い棒を出した。「これは最大3メートルまで伸びます」そう言って棒についているボタンを押すと、棒がゆっくりと伸びていく。先端が絵のすぐ前まできた。「さ、押してみてください。絵に吸い込まれていくのが分かります」
 横山は伊海に言われるまま、棒を手にして押してみる。するとやはり絵に吸い込まれれた。「確かに吸い込まれますね」横山は絵からの距離50センチくらいのところまで来ている。「横山さんどうですか、そのまま棒と一緒に絵の中に入ってみませんか?」と伊海。

 横山は慌てて首を振り「いえ、それは得体のしれない中には入れませんよ。この先は水の中のようになっているのか、それとも宇宙空間のように真空なのかわかりませんし」横山は少し棒を引っ張った。見たところ何も変化がない。
「いえ、あなた研究者なんでしょ、挑戦しましょうよ」「では伊海さんは入られたのですか?」「いえ、そんなこと私にはできません」伊海はきっぱり。
「だったら私もできませんよ。そんなこと!」そのとき、伊海の表情が獣のように鋭くなったかと思うと、両手で横山を押した。
「な、何を、ちょっと伊海さん!」「行ってみてください。そうすればこの先に何があるのかわかります!」小太りである伊海の力は予想以上に強い。横山はあと30センチのところまで追いつめられる。「ち、ちょっと、自分で描いて何てこと」「だからあなたに来てもらったんです。いいから早く入れ!」絵の前まであと10センチ、横山は必死で抵抗。ここで火事場のクソ力が働く。横山は伊海の両腕をしっかりつかむと、ここで思いっきり、絵の横に体をそらした。

「あっああああ!」その反動で伊海の頭が絵の中に。急に伊海の力が抜けるが、体はそのまま絵の中に吸い込まれていった。
「あ、い、伊海さん!」横山は絵に吸い込まれた伊海を呼ぶが、反応がない。10分待っても静けさだけが残る。
 横山は助けに行く自信などない。ここは研究仲間である大学教授に連絡、教授が駆けつけると、相談の上警察に通報した。

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 現場は部屋ごと警察により抑えられ、横山と教授は部屋の外に出される。その後「この件については一切公表しないでくれ」と警察の上層部からの通達があった。そして伊海は行方不明者として取り扱われ、アトリエは政府が買い取り、立ち入り禁止となってしまう。

「いったいあの絵の先には......」横山は忘れたくても忘れられないトラウマとなったが、今となっては何もできないでいた。



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