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その角を曲がったところに #月刊撚り糸 第773話・3.7

その角を曲がったところに」ここで電話が切れた。「その角を曲がったところにって何なんだ?」俺はもう一度電話の相手にかけなおそうとしたが、以降は着信音は聞こえても応答しない。何度鳴らしても相手は出ないのだ。
その角を曲がったところに何があるのだろう」街を歩いていた俺は、腕を組んだ。着信の相手は見たことのない番号。「営業かもしれない」と俺は最初無視をしたが、しつこく何度もかけてくるので思わず取ってしまう。俺は相手が何を言うかわからないので、取ったもののしばらく黙っていた。その時に相手から発した言葉が、ただひとこと女性の声で「その角を曲がったところに」である。

 俺はこのとき暇で何となく街歩きをしていた。いつもと違う街に行きたいと電車で3駅ほど先の駅、普段降りることのない駅で降りてみる。駅からしばらく歩いていると今の電話がかかった。
「まさかな、間違い電話だろう。そもそも俺がこの町に来ていることも知らないのに『その角を曲がったところに』って」
 俺は最初は気にも留めなかったが、そもそも暇つぶしの街歩き。「せっかくだから」と、次の交差点。その角を曲がったところに何があるのか急に確かめたくなったのだ。

 今歩いているところは、古い町並みのようである。整然とした道路ではなく歩道がない。車の数は少ないが、たまに通過していくときは人との距離が短いので恐怖があるようなところ。
 ところが先ほど交差点を過ぎたところに電話がかかってきたためだろうが、次の交差点。つまり「その角」がなかなか見つからないのだ。「まあ、いいか。そのうち出てくるだろ『その角をまがったところに』あるものが」 
 このとき俺は、両側に旧家が並ぶ道を歩いていた。今だったら数軒分の家が建ちそうな、お屋敷のような家が連続して続く。そのためなのだろうか中々その角が見つからない。だからその角をまがったところにあるものも不明。
 歩くこと10分。やがて正面が壁のようになっている。「まさか行き止まり?」と思ったが、どう考えてもそんな風には見えない。「つまり正面は行き止まりで左右に道があるんだ。で、左右どちらかの『その角を曲がったところに』何があるかだな」

 俺は目の前の行き止まりに早く行きたくなり、少し歩く速度が上がっている。「なにがあるんだろうその角を曲がったところに」目的もなく歩いていた俺はいつの間にか、その角を曲がったところにあるものを見つけることがこの散歩の目的となっている。

 いつの間にか俺は競歩の選手のように両手を大きく振りながら歩いていく。正面の行き止まりちょうど電信柱が真ん中になっているところ。それが確実に近づいている。残り15メートルを切ったところ。いよいよその角を曲がったところにあるものが迫っている。

 ところがここで俺は疑問がわいた。「その角って左と右どっちだ?」俺は行き止まりまであと10メートルの地点で立ち止まった。ここで立ち止まったのには訳がある。これ以上前に行けば、まがった先、つまりその角を曲がったところにある存在が見える恐れがあるからだ。俺は腕を組んだ「右に行くべきか左に行くべきか」ほんとはどっちに曲がっても良いし、両方向見たたところで何か変わるわけではない。でも俺はこだわった。左右どちらのその角を曲がったところにあるものを見つけるべきかと。

 俺は目をつぶった。これで少し歩きその時に目を開き、とっさに左右どちらかを見る。おそらく目を閉じるという行為で、視力が失われるわけであるから、目を開けると「見えた」という感情が働き、そこでとっさにどちかを見るだろう。そのどちらかを意識することなく、無意識に左右どちらかを見るような気がしたのだ。「よし、それで決めよう。左右どちらのその角を曲がったところになるか

 こうして俺は目をつぶった。心の中で10秒数える。そのあと2,3歩ほど歩くと目を開けた。だが俺は意外なことに気づく。「ここに角?」そう驚いたことに壁の5メートルほどの地点に左に小さな路地があることを見つけた。「ということはやっぱりこの角だよな」俺はとっさに小さな角に向かい。その角を曲がったところにあるものを見た。

「あれ?」俺は勘違いをしていたようだ。角を曲がったつもりが角ではなかった。人の家の玄関である。「ありゃ、人の家かぁ。うん?待てよ」俺はふと頭によぎるもの。「もしかしたら」ここで俺は何かひらめいた。
「その角というのは、家の玄関を含めてではないのか」ということである。 

 つまりその角を曲がったところにというのは、俺が勝手に道の交差点と思い込んだにすぎず、ほんとうは誰かの家をさしているのではないだろうか?ここは旧家が並んでいるストリート。どの家もそうだが家には立派な門がある。そこから母屋だか離れだかはわからないが、少なくとも、その角を曲がったところにあるもの。つまりその存在とはその旧家の門からすぐに見えるものではないだろうか?と推測。

 ところがそうなると、別の問題が発生した。電話で聞いた「その角を曲がったところに」とは、遥か手前で聞いた話。ここまでいくつの家を通過したのだろう。俺はここで記憶をさかのぼらせてみた。電話で聞いた「その角を曲がったところに」とは、どの地点であるか。その時に見えた周りの風景だ。俺は来た道を戻ることにした。その風景を探すためである。

 俺は、よくわからないが必死になっている「その角を曲がったところに」の正体をつかむまでは。でもはっきりいえること。それは俺が非常に暇人であるという事実。



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