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音 第683話・12.6

「真っ暗な場所、え?」私は突然暗闇にいる。「何も見えない」いつここに来たのか?一瞬過去の記憶が飛んでいてわからない。ただここは何も見えない空間。
「え、なんで」私は目をつぶった。だけど目をつぶっても同じく暗闇。「たしか、えっと」私は少しずつ過去の記憶をよみがえらせようとする。
「えっと、あ、そうか」私は思い出した。こうなる前のこと。

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「えっと、そうそう会社からの帰り」私はこの日1時間だけ残業をした。時刻は午後6時。私は帰り際に窓を見る。「冬はこれだから、もう暗くなっているわ」
 私はため息をつき帰り支度。すでに暗かったから当然会社を出て外に出たときには外は暗い。
「夏だったら、7時過ぎても明るいのに」私はあまり暗い道は好きではない。会社は駅から少し離れていて20分歩く。さらにその帰り道は、片道2車線ある広いバイパスの道。夕暮れ時から夜にかけて、この時間は車の速度が特に速く感じる。
「うわぁあ!」私は突然来た風圧に思わず小さく声を出した。バイパスの道は歩道があるから車との距離があるとはいうものの、後からくるエンジン音と車の走行音、そして通過したときに感じる風圧が苦手である。
「この時間は、トラックばっかり」私はヒールの靴を履いていたからか、大型トラックが通過する際に受けた風圧で、思わず足元がよろけた。

「バイパスの道は苦手。横の道に行こうかな」私は最寄りの駅の近道であったバイパスの道を避けて、旧道の方に向かうことに。実はこの辺りは、なだらかな丘陵地帯となっていた。そしてこの丘を越えた先に最寄りの駅がある。
「今考えれば、慣れない道を歩いたのが、失敗の元」私はバイパスのように高速で飛ばす車が通らない旧道を選んだ。
 
 私がバイパスを避けたかったのは、車の通行量に加えて、この先にトンネルがあること。といっても200メートルほどであったが、トンネル内は反響するためか、走っている車の音が大きく聞こえている。
 私はそれが大の苦手。ごくまれにクラクションを鳴らす車がいて、それが、本当にトンネルに響いたときは、走ってでも早く抜けだしたいほどなのだ。

「音のない世界の方が落ち着くわ」私はそう言って旧道を歩く。旧道に入ってから、見事なまでに車が通らない。「歩きやすいけどなんだかな」ここは普段歩かない慣れない道。丘陵地帯のためか民家もほとんどない。暗くてはっきりわからないが、道の両端には緑が覆われているようなところだ。「え、こっちもトンネルね」私は唖然とした。旧道もトンネルが待っている。
「し、仕方がない。行こう」私は旧道のトンネルに入った。しばらく歩いたが、そこからの記憶が、突然途切れ途切れに......」


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「なぜ記憶が、でもここは、トンネル内なのね」ということは、そんなに歩かなくても出口があるはず」私は目を開けて歩く。歩くが方向が分からない。「ぶつからずに歩けているから大丈夫。どっちにしてもいずれ出口に出られる。もし引き返してたら、旧道は不気味だからバイパスに戻るしかないけど」
 私はしばらく歩く。障害物はないが、真っ暗闇を歩くので早くは歩けない。視界が本当に2・3メートルしかなく、足元だけはかろうじてわかる。「よりによってヒールだし」私はいつもの半分の速度で、ゆっくりと確かめながら前に進む」

「音が聞こえる、何の音?」ここで私は耳を澄ました。トンネル内を歩く際のヒールの反響するような音はもちろん聞こえていた。だがそれとは別の音。音楽のようにも聞こえるが、単なる音の羅列のようにも聞こえる不思議がなにか。
「気になるけど」私は最初は、気にしつつも音を無視して歩いた。しかし、音が気になって仕方がない。
「ダメ、気になる」私が気になったのは悪い音ではなく、むしろ心地よい音のように聞こえたから。「聞いたことがある気が、でも思い出せない。なにこれ?」
 私は頭の中で音の正体を確かめながらも、足はゆっくりと前に向かって進めていく。そして少しずつ歩くたびに分かったこと。どうやらこの音が大きくなっているような気がした。
「出口にあるのこの音、え?出口で何が」私は少し不気味に感じたのか全身い鳥肌が立つ。でも後ろを見ても暗闇。
「音が大きく聞こえるということは、出口が近いのよきっと」私は大きく深呼吸をした。ここで不安が少し和らぐ。「嫌な音じゃないから」と、私は音のする方に吸い寄せられるようにゆっくりと一歩つづ歩く。
 やがて暗闇の真ん中あたりが輪郭が見えてきた。「出口ね」私はうれしくなり、歩く速度が速くいつもと同じくらいになる。ヒールの音のペースが速くなった。

「あれ?」私は外に出たが、見たことのない風景。風景らしいものはなく、ただ暗闇ではない。「いったいこれ何?」
「ようこそお待ちしておりました」私に話しかけてきたのは男の声。声のする方に向くと私は思わず目を見開く。
「最近よく見る夢の人」私は思い出した。確か1か月くらい前からだ。3日くらいに一度は見る男の人。最初はシルエットだけだったが、徐々に輪郭や顔の雰囲気が見えていた。そしてこの日は、はっきりと顔が見える。「イケメンではないけど、私はこのタイプが」
「初めまして、あなたが来るのを待っていました」男はそういうと、私に頭を下げる。「は、はじめまして、あの、あなたは。いったい私に何の用ですか?」
 男は微笑むと「僕の名前はまだ明かせません。ただあなたの夢に向かっていつも呼びかけ続けました。中々聞いてもらえませんでしたが、ようやくこの日が来たようですね。さ、今から僕と一緒に向かいましょう。

「え、ちょっと向かうって何? 私、家に帰るの」私が否定したが、私の右手をその男がしっかりと握る。すると突然全身から電気が走り、そのあと心地よい気持ちになった。
「あ、あのう」私はこの男に恋心を持ってしまったようだ。思わずその男に体を預けてしまう。
「あの、ここは一体?」「いずれわかります。今は一緒に歩きましょう。この心地よい音とともに」トンネル内から聞こえていた音楽。大きすぎず小さすぎないちょうど良く、気持ちがほぐれるような音楽に聞き入っている。「は、はい」私は小さくうなづいて、男の人についていく。
「これは夢かも」私は男と歩きながらふとそう感じる。でもこのまま覚めてほしくないような気がした。


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シリーズ 日々掌編短編小説 683/1000

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