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土壌の良いところで養殖したドジョウ 第682話・12.5

「流れに流れてこの地に来たぜ」一匹のドジョウが泳いでいるのは、ある水田。しかしほぼ水が無くなっている。十分育った稲は、間もなく頭を垂れて刈り取る時期が近付いていた。「どんどん干上がるか、仕方がねえな」
 ここで別のドジョウが現れる。「本当ですね。最近はコンクリートの水路も増えて、俺たちの逃げ場が無くなってしまった。でもここは昔ながらの土だけの場所ですから、おかげで水のある所にどんどん逃げられます」

 後から来たドジョウの意見に、最初のドジョウが同意する。「お前もそう思うだろう。ここ何気なく土壌がいいしな。でもそろそろ水が干上がってきたようだ。さてと土の中に隠れて越冬するしかねえかもな」
「でもあまり水のある所に集まると、人間にやられちまんじゃぁ」弱音を吐く2番目のドジョウ。ここで元気に表れたのは3番目ドジョウだ。
「おい君たち、土の中で越冬しなくても済みそうだぜ」3番目のドジョウが、2匹にある場所を示す。
「お、あれはため池!」最初のドジョウが、今いる水田と水路でつながっているため池を見つけた。「そうかあそこなら、水が干上がらない。池の中でバラバラに分かれたら人間にはバレねえぜ」と2番目のドジョウ。「皆さん行きましょう」最後に現れたドジョウにいざなわれるように、2匹のドジョウはため池に向かった。  

  こんなドジョウたちの会話があったが、それとは別に水田の上では人間たちの声が聞こえる。

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「どうですか?旨く行きそうですか」地域の農業を指導している山口は、ある農家の水田を見てつぶやいた。「ええ、元々は水田の土壌を良くしよう考えたことですが、ドジョウを利用しようとしたのが良かったようです。おかげさまでドジョウの養殖までできちゃったみたいで」
 と山口に説明するのは、作業服に身を包んだ農家の西田である。頭に麦わら帽をかぶった彼は、本業の農業とは別に、今年からドジョウの養殖も始めていた。
「山口さんのおかげですよ。どじょうが稲刈りが終わって田んぼが乾いても、土の中にもぐって越冬するということとか教えてもらって」

「西田さんは脱サラしての農業デビューですからね。これは昔からの農家の間では有名で、ドジョウすくいいなどもそこから来ているんです。
 まあ今ではドジョウの数も減って、食べるというより観賞用に飼育する人も増えてきましたが」
「ドジョウすくいですか。こうやって」西田がジェスチャーでドジョウすくいの真似をする。「こんなんで取れるって本当ですか? 民謡や踊りの世界だけかと思ってました。ハハハハハアア!」西田は声に出して笑う。

「それにしても、西田さんのすごいのは、ドジョウを意図的に増やして養殖を試みたことですよ。勝手に生息するから取るのではなく、増やそうとして一儲けとは」
「いえいえ、元々、ドジョウが水田の雑草などを食べてくれるかもという情報を聞いたからです。それで水田の土壌もよくなればと研究していくうちにですね」「ドジョウの養殖も同時にやれば、稲作が終わっても仕事が続けられると」山口は西田の話の途中からを話す。

「しかしどうでしょうね。今年からなので儲かるかどうかはわかりません。そもそもどのくらいのドジョウが、この水田で育ったのかさえ分かりませんから」「でもあの小さなため池が」山口が指をさした方向には、直径10メートル以上ありそうな池。
「そうなんです。あの池を手に入れたのは今年の夏前。昨年まで錦鯉の養殖をしていた人が『もうやめる』というものですからこの池を買いました」「思い切りましたね。そしたら水田との間の水路は」「ええもちろん私が自分でやりました。大変でしたが、無事に水田と池がつながりましたね」
 西田は池を見つめる。水田とをつなぐ工事のことが脳裏に浮かぶのか、達成感に浸った表情。

「それで秋になって水田の水が引くのでドジョウをあの池に逃がすようにして、集まったドジョウを今から」
「もちろんそれもありますが、そもそも池があると水に困りませんから、従来の用水路プラス池の水でうまくやって行けてます」

「では、いよいよですね」「はい、ドジョウの養殖がビジネスにつながるかどうかの瀬戸際です。どうなるでしょうね。大きな網をかけて、一気に取ろうと思っています。今から準備しますね」
 西田は、口では否定するものの自信ありげな口調で胸を張る。そして池のドジョウを取る準備のため山口の元を離れた。
「楽しみだなあ。ドジョウの養殖が成功したら、ほかの農家の人にも紹介できるぞ」山口は腕を組みながらうれしそうにつぶやく。

 そのようなやり取りを知らず、水のほとんどない水田からため池に逃げてきた3匹のドジョウたち。池にはほかの場所、あるいは初めから養殖のためにこの場所にいたドジョウが池の中に集まっていた。


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シリーズ 日々掌編短編小説 682/1000

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