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絹の道への入口

「どうしたの? せっかくの旅行なのに、あんまり表情が冴えないわね」
「え、あ、まあね」と凜は小声で答える。
 今日は同じ高校の歴史部に所属している親友の同級生・陽菜(ひな)と旅行で新幹線の中にいた。高速で西に向かう新幹線。風景があっという間に後ろに流れていく。それを呆然と眺めている凜。間もなくふたりが降りる京都が近い。

「ねえ、ひーちゃん。やっぱりしっくり来ないの」凛が陽菜のほうを向く。
「凛ちゃん。あんた、まだそんなこと。ちょうど春休みにシルクロードの日というのがあるって知ったから、わざわざ当日の3月28日に合わせての旅行なのに」
 バイト先も同じで、この日のために先週新しい服を一緒に買いに行くほどの仲良しふたり。それに春休みの旅行先で奈良を選んだのは、凛の『本物のシルクロードが見たい』という口癖からスタートしたもの。
「それをいまさら......」陽菜は内心呆れていた。

「凛ちゃん。それって1900年にスウェーデンのスヴェン・ヘディが楼蘭を発見した日のことでしょ。でもシルクロード つて中国の長安から西にある道。何で日本にいてそれが感じられるわけ」

「先生も言ってたでしよう。シルクロード の本当の終着点は、奈良って」
「それがいまいちわからないの。私たちが旅行で行けるところは、関西くらいしかないのはわかるけどさ」
 凜は自分が納得できるまで疑問を持ってしまうタイプ。陽菜はそのことは知っているものの、旅先でそんな状況ではたまらない。

「奈良の正倉院には、シルクロード を伝ってきた貴重な宝物を所蔵していたところ。だからそれを見に行こうって、凜ちゃんと関西旅行を企画したのに! 何よ一体」陽菜ちょっと不快になり強気の語調になる。でも凜はマイペース。
「だから、それは聞いたし、この旅行は楽しみたい。でもさ、ひーちゃん。シルクロード って中国の西の砂漠地帯とかのイメージなの。例えばそれこそ発見した楼蘭とか、敦煌とか、私はそういうところに行って見たい」

 頭の中でイメージしたのかようやく凜の表情が晴れやかになった。陽菜はあきれたままため息をつく。
「もう、だからそれは仕方ないでしょ。それはいつか行けばいいの。今まで本やネットの世界でしか見なかったシルクロード の実体験をするのは、これが初めてのこと。春休みの旅行を利用しての第一歩だから、凜ちゃんこれ以上文句言わないの」「ごめん」凜は素直に謝った。

ーーーー

 京都駅に到着。ふたりは新幹線を降りるが、そのころにはお互い笑顔に戻っている。京都駅から近鉄電車に乗り換えて奈良に向かう。新幹線と違い、車窓の風景が後ろに移動する速度が途端に遅くなる。
 そして『急行』とは銘打っているものの、頻繁に駅に止まりドアが開く。その都度人が乗り降りする。新幹線と違う目の前にドアがあるから、その様子が嫌でも意識してしまう。

 相変わらず車窓を眺めている凜。つまらなそうな陽菜は、話しかける。「で、凛ちゃん。楼蘭と敦煌以外にシルクロードで行きたいところあるの?」
「うーん」凜は陽菜のほうを向く。「そうね、トルファンとかカシュガルかしら。あとハミも気になるわ」そう言いながら凜は視線を遠くに置く。頭の中では、西域の乾いた砂漠地帯に佇む遺跡群がイメージされていた。
「凛ちゃんは中国ばっかね」「じゃあひーちゃんはどこに行きたいの? 奈良はなしよ」
「うーん、私はやっぱり中央アジアのサマルカンドかな」

「サマルカンド? えっとどこだっけ」
「ウズベキスタンよ。サマルカンド・ブルーの世界が気になるわ」陽菜は凜に負けじと頭の中で、ひときわ鮮明に映えるサマルカンドの青い風景を再現した。
「それからあと、ヨーロッパ。確かシルクロードってローマまで通じてたのよね」
「ひーちゃんカッコいいわ。でもそんな話しだしたら、私は海のシルクロードも気になる」

 ふたりの会話は途切れなく続く。気が付けば電車は奈良駅に到着しようとしていた。「さて、正倉院の方向はと」陽菜はスマホで正倉院の位置を確認。

 駅から東のほうに歩いていく。すぐに奈良公園の中に入る。
「うわっ! 本当に歩いてる!」凛が大声で驚いた。そこには複数の鹿の姿が現れ、何事もなかったかのように優雅に散歩をしている。
 凛の驚きと同時に陽菜も一瞬慌て、すぐにふたりは声に出して笑う。鹿をスマホで撮影しながら、今度は公園内を北方向。
 大仏で有名な東大寺よりもさらに北にある正倉院に向かう。途中から舗装されていた道路が砂地に変わっていた。そのあたりにはゲートがあり関係車両以外は入れない。

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「凛ちゃん、あれよ、あれが正倉院」陽菜が指をさすほうを見る。凛がみると、真っ黒で大きな木造建築物が現れた。
「うぁあ、教科書にあるものそっくり」「凛ちゃんそりゃそうだよ。違ったら詐欺になるわ」陽菜は笑顔でスマホを構えた。

 奈良時代に建築されたと推定される、黒っぽい色をした正倉院・正倉。ふたりはあとで知ったことだが、この建物は正面が33.1メートル、奥行が9.3メートル、そして床下の柱の高さが2.5メートルの高床式の建物だ。静かに鎮座した姿が、単なる宝物を格納していた物以上の存在感がある。
「タイムカプセルのように入っていた中身の宝物が、シルクロードの足跡だけど、特別なときしか見られないのが残念ね」「うん」

 ふたりはスマホで正倉院を撮影すると、しばらくその場で佇んだ。
「でも、ここがシルクロードの終着点か。で逆に言えば始点でもあるのね」「うん、ここから遥か西域やヨーロッパまで行った貿易の人と書いたのかしら」
「どうかしら、もうそれは想像の世界ね」

ーーーー

「ねえ、ひーちゃん。私たち高校を出てもずっと友達でいようね」
 突然凜が意外なことを言い出した。
「急になに言ってるの? 凜ちゃん当然よ。そんなの」
「だったら高校を出て大学、それから就職して、お互い結婚しても、シルクロードの足跡をこうやってふたりで旅したい。長安のあった西安や敦煌、楼蘭、それからサマルカンド、ヨーロッパも全部」
「凛ちゃんいいわよ。何年かかるかわからないけど、それ絶対楽しい」

「じゃあ約束ね」「うん」
 こうして指切りをするふたりであった。





「画像で創作(3月分)」に、Atsukoさんが参加してくださいました

 ごくありきたりのバスの世界。リアリティあるれる内容かと思いきや「魔法」というキーワードのアナウンスが続き、そこから主人公の少年が不思議な体験を得るという。複数の次元が入り混じるような世界観。そしてほっこりするラストシーンです。ぜひご覧ください。

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シリーズ 日々掌編短編小説 432/1000

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