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最近の学び 第992話・10.13

「あんなに本を読まない萌姉ちゃんが、読書始めたのか」伊豆大樹は姉が、読書の秋を楽しんでいるようなことをメッセージで知った。
「僕は音楽だからな。よし、久しぶりに演奏の練習をしようか」そう思った大樹は、愛用のトランペットを手に外に出ることにした。だが、大樹が2階から降りて玄関に出て外に出ようとしたら、まるでそれを待ち構えていかのように、1階の部屋から出てきたのは祖父の茂。
「大樹、今からどこに行くんじゃ」「あ、じいちゃん。久しぶりに練習しようと思って」大樹はトランペットが入ったケースを茂にみせる。

「そうか、だけど、今から雨が降るようじゃぞ」「え、雨?」大樹は朝からずっと部屋に籠っていた。だから外の状況が全くわかっていない。「まあ良い、外に出ればすぐにわかるじゃろう」
 大樹は少し首をかしげながら玄関のドアを開ける。「あ、ああああ」大樹は言葉にならないような声を出した。空はどす黒い雲が覆っているし、やけに風が強い。これはだれが見ても雨が降りそうな予感。

「残念、せっかく練習しようと思ったのに」大樹は肩を落とす。「別に外で練習せんでも良いじゃろう。ワシの部屋でやってもいいぞ」
「でも、じいちゃん、トランペットの音大きいよ」「構わんよ大樹、ワシの部屋に来たらよい」茂にそう言われ大樹は後をついていく。

「ほら、こうするだけじゃ」「あ、そうか」茂の部屋は1階にあり、引き戸を開けると縁側があって、その先は小さな庭になっている。茂は引き戸を開け、部屋から縁側と外が見えるようにしてくれた。
「これなら外で練習しているのと変わらないのう。目の前は河川敷の土手じゃし、人の迷惑にもならんと思うぞ」
 得意げな表情の茂。大樹は茂のことが大好きなおじいちゃん子で、いつも自分のことを考えてくれていることがわかる。だからから余計に好きになった。
「でも、この天気で雨入ってこないかなあ。「そうじゃのう。だけど風の方向を見る限り、たぶん大丈夫だろうな。もし雨が激しくなったら、そのときに考えようかのう」

 大樹は演奏の準備をした。そして縁側に腰を掛けるとトランペットを吹き始める。茂の部屋から土手にかけて金管楽器の音が鳴り響く。真剣なまなざしで吹く大樹に対して茂は目を細めている。「大樹、また演奏がうまくなった」と、嬉しそう。

 ところが、大樹の演奏が始まって10分くらいが経過したころ、少し異変が起こった。「どうしたんじゃ、演奏をやめて」「じいちゃん雨だ。今、入ってきたよ。引き戸閉めないと」
 だが茂は「そうか、ついにこいつの出番じゃな」というと、立ち上がり縁側に出る。そのあと縁側に何が棒のようなものをひっかけるとそれを回しだす。すると驚いたことに縁側から黄色い幕のようなものが外に張り出してきたではないか。
「あれ?なにこれ、じいちゃんいつの間に!」突然の光景に大樹は大きく目を見開いた。

「おう、そうか大樹は知らんかったか。これは先月、あの角の中華料理屋が閉店しただろう」
「うん、えっと魏呉蜀三国飯店だっけ、あそこのチャーハン好きだったんだけどな」大樹は急に中華料理が食べたくなる。

「あの店の正面についていたテントがこれじゃな」「え!じいちゃんもらったの?」大樹が驚くのは無理はない茂が言うには、店の閉店後、店の店主が不要なものを近所の人に「ただであげるから好きなものもっていって」といってグラスとか皿などを近所の人に配っていた。
「そのときじゃ、中華料理屋の主人にな『あのテントくれないか』って言ったんだ」「え、まさか!」大樹は次の言葉が出ない。
「そしたら、『いいけど、取り外しとかできないから自分でやってね』といったんじゃ。それでワシ、友達に頼んで取り外してもらって、ここにつけてもらったというわけじゃな」

「そういえば、3日ほど前、やけに下で音がした気がしたが......」大樹はようやく気付いた。大樹の知らない間に茂の部屋の縁側の上にテントが付けられていたのだ。
「で、でもじいちゃん」「なんじゃ」「なんでこれ付けようと思ったの?」
 茂は得そうな表情で、「そりゃ今のような時のためじゃ」「え、僕の練習!」大樹はもう一度テントを見る。雨は本格的に振り出したようだが、やや斜め下に下がっているテントが縁側から数メートル張り出しているためか雨が入ってこない。

「まあ、大樹のためというより、雨の日でもこうやって戸を開け放って外を見たい時があったんでな。それじゃったらと思ったわけじゃ。ハッハハハハハ!」茂は大声で笑う。
「さすがじいちゃんだ。こんな発想があるなんて、僕またひとつ学べた気がするよ。でもまさか中華料理屋のテントが、こんなところに、アハハハハア!」

 つられるように大樹は笑う。しばらく笑った後、雨が入ってこないことをよいことに、再びトランペットを口の前に持ってきた。こうして演奏再会。雨の音と調和するように聞こえる金管楽器の音色。茂はそれを聞きながら大樹の横に座り、外の景色をじっくりと眺めるのだった。


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