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はじめての七五三・11.15

「俺はやってないからな」霜月秋夫は近所の神社の前に来た。今日は三歳になる娘の楓が七五三の日。だから秋夫は、会社の有休をとった。
 妻で楓の母親であるもみじが、先に楓とレンタルの着物を着せるために出かける。神社の前で待ち合わせということで、遅れて家を出た秋夫。しかし先に来てしまったらしく。鳥居の前でひとりで待つことにした。
 秋夫が待っている間にも、着飾った子供とその両親が次々と鳥居をくぐって境内に入る。「それにしても七五三なんて、いったい誰が始めたんだろう。女の子の小さいほうが3歳で、大きい方が7歳、で男の子は5歳のみかぁ。これって今だったら男女差別とかになるんだろうなぁ」
 秋夫はいろいろと考えながらも、もみじたちが来る方をに視線を向けるが、ふたりは一向に来ない。暇を持て余しだした秋夫は、もみじにどこにいるかメッセージを入れようと、スマホを取り出す。

 このときある疑問が秋夫の頭に入る。「そもそも、七五三って何の意味があるんだ。『みんながやるから、やろうって』もみじがいってたが......」ここで秋夫は、スマホでメッセージを入れず、七五三の由来を調べだした。

「なになに、徳川徳松の健康を祈ったか。徳川徳松...... だれだそれ? そんな名前は、聞いたことないな。不遇の将軍の子とか」秋夫は、余計に気になった。そこで徳川徳松なる人物を調べることにした。
「ほう、五代将軍徳川綱吉の長男。そうか綱吉に子供がいたのか」秋夫はそれほど歴史が詳しいわけではないのに、歴史上の人物には興味を持つ。そこでより興味深く、徳松なる人物を調べる。だが徳松のことを知ると、秋夫の表情が厳しいものに変わった。
「2歳で家督を継いで館林城主。うーん、父親が将軍になるために仕方がないとはいえ、2歳と言えば1年前の楓だからな。今でこそ走れるようになったが、あのときは、ようやく手に何も持たずに歩け始めたころだ。それはとても見てられなかったが、その年齢で城主って!」

 そしてその続きを見て、ため息をつく。「ああ、5歳で亡くなったのか。子供なりに相当なプレッシャーがあったんだろうなぁ。殿様の家に生まれたら、俺から見たらうらやましいという気がするが、これではな」
 秋夫は、表情が暗いままスマホから目を離した。ちょうど秋夫の目の前を元気に走る子供がいる。「お、」秋夫は風を感じた。そのまま羽織はかま姿の男の子が通り過ぎて行く。それを、後ろから見てほほ笑む両親。
「あの子は5歳だから。そうか、徳松はあそこまでの人生。それで七五三が始まったということか」秋夫は通り過ぎた親子と綱吉・徳松親子をなぜか重ね合わせながら複雑な気持ちになる。

「うん? 旧暦の15日は二十八宿の鬼宿日。なんだこれ」秋夫はまだ続きを見ていた。ここで「パパ!」と、聞きなれた声。秋夫が見ると楓がヨタヨタと走ってきた。「お、楓か。いやあ元気そうで良かった!」
「ちょっと、なにいってるの? ちょっと2時間会わなかっただけで」

「あ、いや、元気なことはよいということだ」ここで秋夫は笑顔になり、楓の頭を撫でた。
「それより、遅かったな」「うん、楓がなかなか着物を着てくれなくて、着せても脱ごうとするし大変だった」
「和服なんて着ないからな。気持ち悪いんだろう」「でも、ちょっとのことなのに」「じゃあ、お前の子供のときは、すんなり着たのか」
「え? 私は」モミジは腕を組んで思い出そうとする。「そうか、記憶にないわ。私、七五三やってないかも」「え? 俺と同じか!」
 ここでふたりは楓を同時にみた。楓は着飾っているが、いつものように元気な笑顔で動き回っている。
「この中で初めて七五三をするのが、楓だったんだ」ふたりは、ほぼ同時に声を出す。

ーーーーーー

 こうして無事に七五三の儀式を終えた霜月一家。「七五三って、結局よくわからないが、やる意味があったかもな」「そうよ。次は7歳だから4年後ね」「うん、それまでに楓に弟ができれば」
「いやハハハ。それでも間に合わないわ。最速で今から10か月後に生まれるから、それから5年後よ」
 そういって、もみじは声に出して笑った。それを見た楓はもみじに抱き着いた。

 秋夫はそれを見て口元を緩めたが、このとき先ほど調べかけたキーワードをもう一度調べ直した。「二十八宿の鬼宿日って、ほう、鬼が出歩かない日だから何をしても吉。それで収穫が終わった満月の日だから、感謝と健康を祈ったか」気になった点が分かり思わず笑顔になる秋夫「うん?」ところが更なる疑問。「これって旧暦、今の新暦でもいいのか?」
 思わず首をかしげる。ところがそれを楓に見られてしまったようで「パパにょ、くびが動いぢゃ!」と指をさす。「もう楓」と言って笑うもみじ。
「ああ、ハハッハ。さあ帰ろう。そうだ、ちょっと近所の公園で紅葉でも見に行くか」「いいわ。11月は私たちのためにあるような月、行きましょ」と言いながら楓の手をつないで前に進むもみじであった。



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