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仕事納めの業務 第704話・12.27

「山本、午後の準備は」「はい、わかっております」「伊藤と頼んだぞ」社会人2年目の山本朋美は、朝の朝礼が終わるといきなり課長に呼び出されてそう言われた。今日は1年後輩の新人・伊藤義人と仕事納めの納会の準備を任されている。だからいつもの仕事ではなく、午前中から納会のための準備をふたりで行う。「山本さん、僕、初めてで」大きなファイルを片手に早くも不安そうな義人「伊藤君、大丈夫。私去年やったから」

 ふたりのいる部署では忘年会の幹事はもう少し年数の立った社員が行うが、仕事納めの納会の準備は伝統的に最も新しく入ってきた新人ふたりが納会の準備をすることになっている。忘年会幹事は最も適した飲食店の確保など少しだけ高度なスキルを要したが、納会は基本的にスーパーなどでオードブルや酒を買ってくるだけという簡単な業務に過ぎないこともその理由に挙げられた。 

 朋美は昨年、1年先輩の山口とともにこの任務を行っている。ちなみに山口は今年の春の人事異動で、別の支社に転勤になったため今はいない。
 ちなみに他の職場のメンバーは、この日は仕事をすることなく、午前中から部署内の掃除に明け暮れていた。
「えっと、昨年買ってきたものを確認するわ」「ビールはケース単位ですね」「そう、うちの部署は飲む人が多いから」朋美は昨年の納会で購入したものをスマホでチェックする。
「車は開いているかしら」「今日はおそらく大丈夫でしょう」義人はそう言って開いている車をチェックしに行った。だが3分後に顔色が変わって戻ってくる。「や、山本さん、すみません、社用車すべて出払っています」

 戸惑う義人を見て呆れた表情の朋美。「もう、伊藤君、おかしいと思ったわ。最終日は営業課が使っているのね。みんな取引先であいさつに出ているの。私たちの総務課とは違うのよ。昨年は山口先輩が、前日に一台確保してくれたから良かったのね。そっか、それ私がやればよかった」朋美は自分で墓穴を掘るようなことを自分で言っていることに気づき、耳元から心臓の鼓動が聞こえた。
「しょうがないわ。缶ビールのケースはタクシーで運びましょう。行きは歩いてスーパーよ」

 ふたりはこうして、会社の近くにあるスーパーに向かう。「山本さん、どこのスーパーに行くんですか?」義人はスマホでスーパーをチェックしている。会社の近くには5件ほどスーパーがあった。
「え、Bに決まっているわ」「B、あそこ一番遠いですよ」「そういう問題じゃないの。Bは業務用のスーパーよ。あそこならビールのケースが安いの。それからオードブルも結構あるから、毎年Bって決まっているの」
 朋美はいちいち、新人に説明しないといけないかと思いつつ、うっとうしさを感じた。何しろ朋美は、昨年先輩に質問をせず言われたとおりにしていたから、余計な疑問を挟まなかったのだ。

 会社から歩いて20分ほどで業務用のスーパーに到着した。「伊藤君、買うもの分かっている」「はい、それは昨日」義人は元気になりビールのコーナーに向かう。ビールなどの酒類は男性の義人に任せ、朋美はオードブルのコーナーに走る。「えっと、寿司盛のセットはと、朋美はその方に行くと、すでに他社と思われる制服姿の女性たちが寿司盛をいくつも手にしている。「うゎ、出遅れた。急がなくては、本当なら予算などを意識したいところだけど」このままでは売り切れてしまうと思った朋美は、何も考えずに片っ端から寿司盛を数個カートに入れた。
「伊藤君そっちは?」「山本さん、これです」と義人はビールのケースをいくつかカートに乗せている。
「それは!」朋美は思わず目を見開いた。「だめ、それはプレミアムビールじゃないの。ダメ、こっちの安いのにして」「え、わ、わかりました」慌てて義人はカートからビールのケースを戻し、朋美に言われた銘柄をカートに入れ直した。

「レジの清算は私するから、伊藤君はタクシー捕まえてきて」「はい」義人はそう言って先に出口に向かう。
「これで、よしと」朋美は購入予定の寿司盛やオードブル、そしてビールのケースに間違いがないことを確認すると、そのままレジに向かった。レジで5分ほどかかって清算を終え外に出る。
「あれ、伊藤君、遅いわね」朋美は義人が戻ってこないことにいら立つ。さらに10分後、ようやく義人がタクシーとともに来た。「ちょっと遅いわ!」「山本さん、すみません。なかなかタクシーが見つからなくて」

 それでもふたりはタクシーのトランクにビールのケースを入れていき、寿司盛など残りの荷物は後部座席に乗せた。朋美は助手席に座り会社までのルートを説明する。こうしてタクシーに乗ったふたりは無事に会社に戻った。

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「今年一年お疲れさまでした」こうしてその日の午後、課長の一声で始まった。今年も職場内でささやかな納会が行われる。普段は殺伐とした社内も、ビール片手に笑い声が聞こえる異世界。課長を始め先輩たちの和やかな雰囲気を見た朋美は「問題なくてよかった」と、ほっと胸をなでおろす。そして目の前では、その任務が終わったことを忘れたかのように新人・義人は先輩たちの会話の輪に入って、早くもビール片手に笑っていた。
 



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