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高知の橋 第559話・8.4

「これが、有名なはりまや橋ね」髪を後ろに結んでいる播磨直美は、高知市内にかかる小さな橋の前に来た。彼女は、着の身着のままのひとり旅。いつしか四国を回っていて、昨日は室戸岬から高知市内に入った。
 高知、いや四国に来て直美がどうしても来たかったのが、このはりまや(播磨屋)橋。苗字の播磨と同じだから気になって仕方がない。
 もちろんがっかりで有名だったことを知っている。変な期待はしていない。むしろ公園になっていて、イメージしていたものよりも、まともに見えた。
「いろいろと趣向を凝らしているのね」実際に使用されている橋は、道路橋だが、直美のいる赤い欄干の橋など、公園内には再現された橋がいくつかある。また地下にもかつて使われた欄干があるという。こうして直美は自らの名前由来のスポットにしばらく佇み、気がつけば30分近く費やしてしまった。

「あら? 播磨さん」直美に声をかける声がしたので、振り返ると、そこに着飾っているショートカット姿のひとりの女性がいた。
「やっぱり、直美だ! でもどうして? 私よ中村」「あ、え、中村、美晴? え、何で? ここに」彼女は高校時代の同級生の中村美晴。友達ではあったが、大親友と言うほどでもなかったので、高校を卒業してからはしばらく御無沙汰していた。
 あれから5年がたつが、昨年同窓会があったときに1度再会している。
「そうね、美晴は今は高知なんだよね」「そうよ。高知と言っても少し東にある土佐山田だけど、でも、直美こそなんで高知に?」

「今、四国を旅してるの」「仕事は?」「やめた。これ自分探しの旅っていうのかしらね」
「へえ、着の身着のままの旅か。いいわね」美晴は羨ましそうに直美を見る。すると「ねえ、直美、今日のこの後の予定は?」「え、何も決めてないわ。さっき桂浜には行ってきたけど」
「あ、そしたらいいところ案内してあげる。私の車乗っていく?」「え? いいの」突然の展開に慌てる直美が聞き返したが、美晴はうなづく。

 こうして美晴の車の助手席に直美は乗せてもらった。
「高知市内から少し離れたところに、いいところがあるわ。橋だけど、はりまや橋より絶対にいいから」美晴はそう言って車を運転する。
「あの、美晴は本当に予定とかなかったの?」「ないの。だから気にしないで」といいつつも、直美が見る限り美晴は複雑な表情をしている気がした。
「不思議、何で着飾ってるの。デートとかじゃなかった? いや。もしかしてフラレタか」直美は好きなように想像する。でもこれ以上、詮索することはしないでおいた。

 車は国道沿いに入り、少し山のようなところを越えた。気がつけば土佐市となっている。「ねえ、どこまでいくの」「もうすこしよ。まもなく仁淀川(によどがわ)が見えたら、海を目指すわ」
 そう言っている間に大きな仁淀川が現れた。橋の手前で左に曲がると、川沿いに下流方向に続く道を走る。やがて河口付近に来ると大きな橋が現れた。そして手前にある駐車場で車を止める。
「直美ついたわ。仁淀川河口大橋よ」と美晴。直美が下りてみると、はりまや橋とは明らかに違うロングな橋がそこにある。

仁淀川河口大橋

「この仁淀川は、愛媛から流れている清流よ。特に上流の方は仁淀ブルーとか呼ばれていてきれいだけど、私は河口近くにあるここの方が好きかな」
「これスケールが違うわ。はりまやとは同じ橋とは思えないわね」直美は、視線をはるか遠くまで、橋が続いている先に置く。そして河口の橋をじっくり眺めた。

ーーーーー

 橋を見上げられて、腰かけられるところでふたりは座る。しばらく静かなひととき。
 やがて口を開いたのは美晴であった。「実は私、今日お見合いする予定だったの」「え、ちょっと、何で? こんなことしている場合じゃないよ!」   
 唐突なことに直美の声が裏返る。

「だって、嫌だったから」対照的に美晴は冷静な落ち着いた声。
「相手の人って、取引先とかそういうの?」「ううん、関係ない。両親は早く相手をと思っているみたいだけど、まだ私はその気が全くないから......」
 美晴は伏し目がちになり、声も小さくトーンも低い。
「高知市内のホテルが会場。でもぎりぎりまで行きたくないと思って、どうしようかと迷いながら、はりまや橋に行ったら、直美を見つけちゃってね」ここで顔を上げて作り笑顔。

「そういうことか。でも、こんなことして怒られない?」「絶対に怒られるでしょうね。でも、ごめん。直美、悪者にしていい?」
 美晴はそう言って頭を下げる。直美は状況が分かり「いいわ。つまり私に付き合ってしまってってことね」
 美晴は顔を上げると、口元を緩めて白い歯を見せる。

「そろそろいいわね」美晴はスマホの電源を入れた。
「え、電源切ってたの?」
 美晴はそれには答えず、電源が入るのを見ていた。電源を入れると、メッセージの着信音が繰り返し流れる。直美は思わずそれを見た。どうやら美晴の両親と思われる人からのメッセージ。今日のお見合い会場に顔を見せなかったことで、遅れていることへの催促から始まっている。最後は、来なかったことへの感情をあらわにした、怒りのメッセージと続いていた。
「ずいぶん怒ってるわ。でも考えてみたら、まさかの偶然だから、それを言い訳にしようっと」美晴はスマホをポケットに入れて笑う。

「美晴、実は私も、これってある意味、失恋旅行なの」直美はついに旅の目的を語りだす。
「そうなんだ、その人って私が知っている人かしら」直美は首を横に振り「職場の先輩だった人。半年近く付き合ってたけど、実は奥さんがいることが分かったわ」
「じゃあ、不倫」「になるのかな? それで、もう何もかもが嫌になったから、リセットしようと思ったのね。彼と別れて、顔も見たくないから会社も辞めちゃった。気晴らしがしたくて旅をすることにしたの。行先はそのときの気分のと言う風にしていたら、結果的に高知に来たのよ。だったらって『はりまや橋見よう』ってね」

「それでか。直美は播磨さんだしね」「うん、でも美晴の言う通り私もこの橋がいいかも、はりまやより全然マイナーだけど、橋としては最高ね」

ーーーーー
「さてここからは横浪黒潮ラインに行くわ。そこは車でないと見れないし、それから須崎駅まで送るね」
「ごめん。と言うか美晴の都合だもんね」「うん、ありがとう」美晴は立ち上がり車の方に向かう。それを追いかけるように直美も立ち上がった。
 車は、先ほどまで眺めていた仁淀川河口大橋を渡る。ちょうど助手席の直美の方は河口で、海が見えた。
「この先にある横浪黒潮ラインのところは、浦ノ内湾という入り江になっているの。その先端にある宇佐大橋からの絶景も素敵よ」
 楽しそうに、ガイドをしてくれる美晴。それを聞きながら直美は、新しい恋愛を目指して立ち直れるような気がした。


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シリーズ 日々掌編短編小説 559/1000

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