新天地へ 第1039話・12.2

「気晴らしに美味しいものを食べような」師走が始まり、イルミネーションが光り輝く夜のデートを楽しむ男女が歩いている。

「今年はだれかと過ごせればよいのが無理だな」男がそんな男女を見てうらやましそうにつぶやく。
 男と言っても彼は特殊な存在。そもそも人ではなかった。町を徘徊する野良だが、彼は猫ではない。もちろん犬でもなくもっと小さな存在だ。

 彼は町中ではどちらかと言えば嫌われ者。特に飲食を扱う店では露骨に拒絶される。彼と同じ仲間たちはそのような店で出てくる食べ物のの破片をもらうために積極的に侵入するのだ。

「命を懸けていくのは嫌だなあ」彼はあまり危険なことをするのが嫌なので、あまり行かない。それもそうだろう。この前まで一緒にいた仲間がある日を境に突然戻ってこなくなった。「あいつも殺られたか」
 周りの物はそういうだけ。だが戻ってこない仲間は、彼にとっては幼いころからすごしてきた兄弟のような親友だったから正直辛かった。なのに周りは全く悲しみを感じていない。「よくあることだから」と、ニュースにもならないのだ。

「逆に言えば、いつそういう目に遭うかわからない」彼もまたいつ命を落とすかわからないという恐怖があり、店には極力近づかないようにしていた。

 だが残念なことに空腹という現実がそれを許さない。
「だめだ、腹が、このままでは飢えてしまう」
 彼は、嫌だがそのまま死にたくないと思った。別に生きていて大した夢などはないが、飢え死はしたくない。
「ここが良いかな」彼はしぶしぶ町中の店に近づいた。すると店から少し離れたところに、非常においしそうな臭いをする場所を発見した。そこは屋台?建物の店と比べて簡易的な作りのためか、隙があって侵入しやすい。彼は大きく深呼吸すると、一目散に入り込んだ。

「う、うまい」人からすれば食べかすのようなものでも、彼にとってはご馳走だ。そういえば久しぶりの御馳走なのかもしれないと彼は思った。
 正直乗り気ではないからよほどなことがない限り、彼は店に侵入しない。空腹で飢えていた彼は無心になって食べかすを次々と食べる。
「ふう、よく食べた」彼は久しぶりに満腹になったことで、久しぶりに心地よいひと時を味わっている。すると急に睡魔が襲ってきた。
「ふ、ふぁあああああ」思わずあくびが出てしまった彼、さらに心地よくなると近くの壁にもたれかかる。再び大あくび。

「だ、ダメだ、ここで眠ったら殺られる」彼はそう思って目を覚まそうとしたが、睡魔はそんな彼を無抵抗にする。何やらエンジン音が聞こえたが人の気配はない。彼はついにうとうとと眠ってしまった。

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「う、ここは」彼が目覚める。どうやら人に気づかれていなかったようで、命は助かっていた。「とにかく出よう」彼は慌てて建物から慌てて出たが、外に出とき彼は驚きのあまり目を見開く。
「こ、ここは!」彼が驚いたのも無理はない。そこは町中ではなく田んぼが広がっている場所。いつの間にか都会から田舎に移動していたのだ。
 そのときエンジン音が聞こえると何かが動いた。彼が見ると先ほどの建物の正体は車だ。食べ物を作るものがそろっているキッチンカーに彼は侵入していた。だから眠っている間に町中からキッチンカーが動いて、見たこともない田舎に移動していたというわけだ。

「あちゃあ、いったいどこだ。ここ」今さら言ってもどうすることもできない。彼は知らぬ間に知らないところに来てしまった。
「みんな、死んだと思ったんだろうな」町中で密かに過ごしていた仲間とはこれで永遠の別れとなったのかもしれない。
「いったいこの後どうなるのか?」

 彼はそんなことも言ってられないので歩いてみることにした。町中と違い建物が無く田んぼが広がっている場所。人がいないので安全そうだが、食べ物はなさそうな雰囲気。それでもさっき眠くなるまで食べたので、空腹ということは無い。

「おい!」どこかで聞いたことのある声、彼が振り返るとこれは驚いた!そこにいたのは行方不明になった親友だ。「あ、あ、」彼が声に出さない間もなく、親友は彼に近づき再会を祝した。
「お前も、移動車に乗ってきたのか」「多分、というこは」
「ああ、うっかり乗ってしまったようで、もうお前とも会えないと思っていたが、まさかな」こうして再び喜びあう。

「こっちの生活は」彼は最も気になることを親友に聞く。彼は笑顔を見せながら「最初はどうなるかと思ったが、大丈夫だ。むしろ町中より安全で、食べ物の質は違うが飢えることは無い。安心しろ、さあ今からいこうか」

 こうして彼は親友の後をついていく。新天地での新しい生活がどうなるかそれまでの不安が一気に吹っ飛んだ。

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