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夢のマイホーム構想

「実は、風林ハウスさんとは別にもうひとつ候補があるのです。今からそっちを見に行くので、それからどうするか決めたいんです。ゴメンナサイ」
 茶色いジャケットを羽織った酒田洋平はそう言ってモデルルームの営業・真中俊樹に頭を下げる。

「いえいえ、とんでもないです。そうしましたら、もう一社に負けないよう、しっかりと見積もりを作成させていただきます」
 真中俊樹はそういって、酒田洋平と一緒に来た赤色ロングスカートを履いた鶴岡春香を玄関まで送る。
「よろしくご検討くださいませ。あ、差し支えなければそのもう一社というのは?」
「ええ、受雷工務店です」「ああ、受雷さんですね。承知しました」
 こうして真中はふたりが立ち去るまで頭を下げる。そして顔を上げた真中は小さくつぶやく。「受雷......竹岸さんのところだ」

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「えっと次のところまで少し時間があるな」「だったら洋平、そこで休憩しましょう」
 ふたりは住宅展示場内にある、屋外のテーブルと椅子に腰かけた。そしてふたりは常ににこやか。何しろまさかの夢のマイホームがすぐそばに迫っているからだ。

 白いチェアーに腰かけた洋平に、春香はいきなり口を開く。「でも、ほんの2か月前まではね。本当にあるのね。たから」「待った!」洋平は大声で言葉を阻止。
  春香は慌てて口を噤む。すぐに周囲を見たわした。
 幸い誰も聞いている者はいなさそう。20メートルほど前方に営業マンらしきスーツ姿の男がいたが、誰かと連絡を取り合っているから、気づいていないはずだ。
「その話は外でするなと言っただろう。あくまで今回は春香の親の遺産ということになってるんだ」
「ごめん、今でも夢のようでついつい。私が昨年遺産を貰ったのは確かだけど、本当はねえ」と、周囲に気づかいながら小声でつぶやいた。

ーーーーー

 あれは今年のエイプリルフール。個人の熱帯魚店でメダカの飼育をしている洋平と、派遣の仕事をしている春香は、安いアパートのようなマンションででぎりぎりの生活をしていた。
 ところが偶然購入した宝くじ。それがまさかの1等当選。キャリーオーバーとかで、一度に10億を手に入れてしまったのだ。

 何度口を捻ろうが、頭を叩こうが、それは夢ではない事実。そして本当に当たったのはよいものの、直後に恐怖がふたりを襲う。誰かに狙われてはいけないと。
 それからの半月は恐怖との戦いだ。とりあえず最初に銀行に向かい、当選金を確認。そしてお互い誰にも話さないようと念を押しあう。
 そしてひそかに弁護士とファイナンシャルプランナーに相談した。10億のうち9億は、即座に定期預金をした。そして残った1億。この予算の範囲内でふたりは念願のマイホームを買うことにした。
「そうね。でもあのアパートのような古いマンションでは不安だったからね」
 ふたりはすぐにマンションに引っ越すことに決めた。すぐ近くに見つかった真新しい賃貸のタワーマンション。家賃はそれまでと比べて3倍近く高いところだ。
「実はそれって、私が最初提案したことだよね」「うん、でもペットが飼えるだけでなく、最新の設備が整ったマンションとは思わなかったな」
 ここで遥は洋平に体を寄せ耳元でつぶやく。「ふふふ、昨年についに母も居なくなった。もう頼れるのは洋平だけなの。多少は残してくれたけど、これは桁が違いすぎるわ」
「だから、声大きい」洋平は周囲を見渡す。すぐ目の前にはいないが、少し離れた後方には子連れファミリーが姿を見せた。

「ごめん、つい」遥は白い歯を見せながら口を噤む。
「でも、まさかこんな日が来るなんてね。信じられないわ」
「ああ、俺もだ。だけどここで、調子に乗ってはいけないぞ。仕事を止めてはいけない。むしろ俺、別の夢が湧いて来たんだ」

 洋平は嬉しそうに何かを語ろうとする。
「別の事って何?」
「もし親方がいつ引退してもいいように考えているんだ」
「そうね、親方もう年だし元々洋平を弟子に雇ったのは後を継いでほしいって話だったよね」
 洋平は頷きながら構想を熱く語りだす。
「親方の跡を継いだら、親方の店と今俺が働いているペットショップの熱帯魚コーナーに別の人を入れる。もちろん俺がきっちり育ててからだけどな」

「へえ、洋平弟子取るんだ」
「でし? い。いやスタッフだよ」洋平は想像しながら嬉しそう。

「そうか、親方の店はもちろん。ホワイト預かってくれたあのコーナーも」「そう、あのとき担当の松任谷さんの機転がね。前のマンションに居た野良だったホワイト。彼は死んだが、その生まれ変わりと思ったそっくりな子が、ショップに居たんだ。でも当時飼える状態ではなかった。けど松任谷さん、信じてくれて僕たちの仔にしてくれただろ。
 飼える場所が整うまで無期限に預かってくれたんだよ。ホント感謝しかないから恩返ししないとな」

 春香は視線を遠くに向ける。
「そうね。ホワイトは私たちの仔。そうようやく新しいマンションに迎え入れられた。最初の3日間はおびえてたけど、今では一番我が物顔で部屋の中を歩き回っている。ちゃんと今日食べてくれたかしら」

「問題は、戸建てのマイホームが完成し、再度引っ越しになったらホワイトがどんな反応するかなあ」洋平は腕を組んで軽くため息。

「大丈夫よ。私たちになついてくれている仔。引っ越ししてもすぐ慣れるわ」春香はホワイトを信じているようだ。
 その横で洋平は先ほどの話の続きを思い出す。「それでだ、あの2か所を別の人間に任せて、俺は管理をしながら自宅にメダカや熱帯魚のコーナーを設ける」

「え、自宅にって!」遥は驚きのあまり大きな声を出す。
「だからさっきも、風林の真中さんに言ったんだ。少し遠くてもいいから広い場所にしてほしいと。庭付きの家には池を掘って多くのメダカを飼育するんだ。そして俺が卵から次々と育てる。その子たちをそれぞれの販売所に送るんだ。いろんな種類を用意しないとな」
 洋平は頭の中で、すでに自宅でいろんなメダカを飼育している世界に身を置いている。春香はその世界に入ろうと必死。先ほどから彼の語る夢を目をつぶって静かに聞いている。
「出来たら自宅でも販売所を作って売ってもいいなあ。まあそこまでやるかどうかは......」
「洋平いいわよ。どんどん私たちの理想に近づけましょう。神様か仏様か知らないけど、絶対にその方たちが私たちにチャンスをくれた。
 そのためにもしっかりと注文住宅、信頼してお願いするところを見つけないとね」春香は話し終えると、閉じていた目を開けた。

「そう風林ハウスも良かったけど、俺は去年ひとりで見に行った受雷工務店。個人的にはあそこにお願いしたいんだ。偶然あそこのお偉いさんにあったし」
「ああ、そんなこと行ってたね。受雷工務店。どんなところなのか楽しみだわ」

ーーーーーー

 ここで春香は時計を見る。
「そろそろ約束の時間ね。じゃあ行きましょ。あの茶色い屋根が受雷工務店。担当が竹岸さんか」
 こうしてふたりは立ち上がり、受雷工務店のモデルルームに向かう。

 すると入口の前に受付の人がいたが、すでにスーツ姿の女性がふたりを待っていて手を振ってくれる。
 そして「酒田様ですね。今日担当する受雷の竹岸です」と、竹岸涼香は満面の笑顔で挨拶した。



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シリーズ 日々掌編短編小説 485/1000

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