KOINOBORI

「おう、なかなか立派な鯉のぼりだ」圭は昨年から『こいのぼりが欲しい』とごねていた妻のホアと、間もなく生まれてくる子供のためにネットでの購入を決断。
 今年に入って生まれる赤ちゃんの性別が、男の子と判別したのも良かった。どうせなら五月人形も用意したいところである。だがそれは正式に誕生してからでも良いと思った。
 だからまだ生まれる前に調達。今年の子供の日に合わせるように、優先的にこいのぼりを購入したのだ。

 そして宅配業者が鯉のぼりを持ってくる。さっそくセッティング。ポールを立てるといちばん上の部分に矢車をつける。矢車のすぐ下につけたのが、吹流し。以下黒い真鯉、赤い緋鯉、そして子供を意味する青鯉と取り付けていった。

「よしできた」圭が完成を宣言したと同時に風が吹く。
 さっそく鯉のぼりや吹き流しが空気を吸い込み横に上がっていった。いつもなら鬱陶しいと感じる強風もこの日は別。風を受けて気持ちよさそうに空を泳ぐ鯉のぼり3匹が、吹流しに先導されるかのように目の前に現れた。
 また微妙な風の当たり具合だろうか? 鯉のぼりの布地のはためきが、あたかも生きている鯉のように見える。「昔の人は良く考えたなあ」

「あれ、ホアちゃん。どこいったの。鯉のぼりできたよ。見て」圭はあれだけ喜んでいたホアに早く鯉のぼりを見せたくて仕方がない。「早くしないと風が止んだら絞んじゃうよ」
 圭はホアがいないので大声を出す。「圭さんここだよ!」ホアの声がする。圭が振り向くとホアが、なぜか赤いこいのぼりに乗ろうとしている。

「え! ホアちゃん。ちょっと待って、それ乗っちゃダメ。無理だって。それは空気が入っているから立派な体に見えるだけ。乗っても空気だからしぼむよ」
 ホアはベトナム人なので日本人とは微妙に価値観が違うことがある。だから、たまに想定外のことを言い出したりしたりするので圭を悩ませた。だがまさか『こいのぼり』に乗ろうとは想定外にもほどがある。

「圭さん、大丈夫だよ。ホラ」あろうことか、ホアは赤い緋鯉にまたがっている。「え、マジで!」圭は驚きを隠せない。
 ホアは違和感なく乗っているのだ。さらにホアは意外なことを始めた。ポールにつながっている緋鯉の紐をほどこうとする。
「ホアちゃん。それ取っちゃダメ」圭が慌てて制止しようとした。
 だがホアは首を横に振り「こんなのつまらない。せっかくだから鯉に乗って散歩する」と言い出して、解いてしまった。
 するとそのままホアは、赤いこいのぼりごと風に飛ばされるように遠くに飛んで行くのだ。

「ええ? ホアちゃんなぜ」「圭さんも乗ってみて。楽しいよ!」
 圭は半信半疑だが、ホアが楽しそうなので気になって仕方がない。目の前の黒いこいのぼりをつかむ。すると空気が入っているだけの筈なのに、布がしぼばない。「本当に乗れるのか?」圭は右足を上げて黒い真鯉をまたいだ。 予想と反してこいのぼりの内部には何かがつまっているような固い感触だ。
「ま、まじ、え、何で? こいのぼりに本当に乗れている!」圭は驚きのあまり鯉を叩く。確かに空気ではない何かが詰まっている。

「ということは、ホアちゃんの通りに......」圭は真鯉の紐をほどいてみた。するとほどけた瞬間、黒い真鯉のボディーが風に乗って飛び始めた。そして先頭を行くホアのいる緋鯉目指して飛んでいく。

「うわぁ。すごいこいのぼりで空中散歩だ」「圭さん楽しいね」緋鯉に乗っているホアは、嬉しそうにはにかんでいる。やがて2匹の鯉が並んだ。
 一緒にデートを楽しんでいるように大空を舞う。鯉は意思があるようだ。雲が近づいても事前に察知してよけてくれる。ふたりはただ鯉にしがみついているだけ。

「あれ、圭さん青い鯉見て」ホアが左を指さす。すると残された青い鯉も飛んできた。その鯉に乗っているのは見慣れぬ子供の姿。男の子のようである。
「あ、こっちに近づいた」青い鯉は圭とホアの間に入り込んでいた。そして男の子の笑顔。ふたりはこの子供が他人のようには思えない。

 暫く子供を眺めていたふたり。ところが突然目の前に大きな積乱雲が現れた。表面はソフトクリームのように白いが、ときおり中に黒っぽい影が見える。さらに奥では突然帯のようなものが強力に光り輝く。どうやら電気の放電現象が起きていた。
「あの中に入ったら危ない」圭は顔色が変わる。だがあまりにも巨大な雲。鯉がよけようにも間に合わない。「アブナイ!」ふたりが大声を出すと目の前が暗くなる......。

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「ふう、すごい夢だった」圭は目覚める。見るとホアもちょうど起きたようだ。「あ、圭さん、おはよう。ファアアア!」
」と言って寝ぬそうな眼をこすり大きくあくびをする。
「ああ、ホアちゃん。そうだ今日の午前便で鯉のぼりが来る。あ、もう10時だ。早くしないと宅配の人来るよ。午前便着をお願いしたし」

 こうして朝の身支度を整え、いつ宅配業者が来ても良い状態になるふたり。「そうそうホアちゃん。昨日凄い夢見たよ。ホアちゃんと一緒に鯉のぼりの鯉に乗って空を飛んでいるんだ」
 するとホアの表情が真顔になる。「え! 圭さんも。それ私も見た。赤い鯉に乗って大空を飛ぶんだ。あとから圭さんが追いかけてきて」

 それには圭も驚く。思わず目を見開き「ホアちゃんも。じゃあ途中で青い鯉が来た」「うん、で知らない男の子が乗っていた。でも他人のような気がしない」
 全く同じだ。そして「最後は大きな黒い雲にぶつかって目が覚めた」とまで言い出した。

「ホアちゃんと同時に同じ夢......」圭は意外な展開に言葉が出ない。
「圭さん、多分その子供。今私のお腹にいるのよね」とホアがお腹をなでた。

 圭はそれを見て口を緩めて頷く。「うん、そう。絶対にあの子は僕たちの子どもだ」
「あ!」ホアが少し大きな声。「今子供動いた」と言って嬉しそうな表情。  

 圭もそれにつられるように嬉しそうな気分になるのだった。



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