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公園の動物遊具 第722話・1.15

「まだこれあったんだ!」実家に戻っていた幸恵は、子供の頃によく遊んだ近所の児童公園に来ていた。そこには動物をかたどった少し古びた遊具がある。クマのようにもタヌキのようにも見える表情をした動物遊具。
「小学校の時までは、よく上に乗って座ったわね。あれ、紙が」幸恵は遊具の上に貼っている紙を見る。「え、老朽化で壊されるのか、最後に会えてよかったかな」
 幸恵が来たときには、もう座れなくなっていたのだ。背中その説明書きがされていた。すでに周りには入れないような囲いすらある。
「あらら、残念だわ」幸恵は少し表情を暗くした。

「君の思い出はここか!」小走りに遅れて公園に来たのは、スーツ姿の駿。彼のプロポーズを受けた幸恵が、駿を実家に連れてきた理由。
 それは結婚のための挨拶だ。だから駿の表情は明らかに硬く、緊張している。
「そんなに硬くならないでよ。私の両親と会ったことあるのに」「あるけど、今日はさ、その、大事な挨拶だから」冬の寒い時期だというのに、駿の額には汗のようなものが見える。

「それよりも、子供のとき、これでよく遊んだのよ。動物に乗れるって、はしゃいでいたわ。今考えると、ホントばかばかしいけどね」
「でも、もう取り壊されるみたいだな」「そうね。こういうの見てしまうと残念ね。私の思い出だから。最後にもう一度座ってみたかったけど」
 ここで、駿は、慌てて首を左右に周囲を見渡す。幸いにも周りには誰もいない。「少しだけならいいんじゃないか。今、公園に誰もいないから」
「え?」「俺が見ているから、さ、早く」「わ、わかった」駿に促された、幸恵は動物の背中に腰掛けた。
「うわぁ、この座り心地よ! 昔と全然変わってないわ。思い出した。懐かしい!」幸恵は急速に子供の頃の思い出がよみがえる。この児童公園には、ほかにも滑り台やブランコなどの遊具がある中、なぜかここで座っていることが心地良かった幸恵。

 幸恵の両親が動物好きなこともあり、物心ついたときからよく動物園に行ったこともあったのだろうか?幸恵はいつもこの動物の遊具で座って楽しんでいた。
「駿、ありがとう。さ、そろそろ時間かしら」幸恵は立ち上がろうとしたが、そのとき遊具が少し動いた気がした。「あ、動いた、ヤバイ!」幸恵は、少し慌てたが「大丈夫、ほとんど変わっていないよ」と駿。
 幸恵はもう一度動物の乗り物を見た。特に変わった様子はなく、思わず安どの表情を浮かべた。
 だが実は動いたのは壊れかけたのではなかった。遊具の中に意識があったから。

あんた。覚えていてくれたのか、おいらも最後に会えてうれしかった。あんなに小さな女の子が立派に成長したんだな。でもおいらが話しかけても、あんたには通じないかもしれない。でもおいらは、あんたが生まれる前、あんたの母親が小さな女の子だったころからここに居るんだよ。
 その母親が大きくなって、婿養子としてあんたの父親がこの町に来た。それであんたが生まれたんだな。そうだ、いろんな子供がおいらの背中に乗っていったが、あんたの事だけが、いちばん記憶に残っているぜ。

 乗り物が、そのような意識を幸恵に向けて発しているが、幸恵には全く通じない。
「そうだ、思い出に一枚とってあげようか」「そ、そうね。もう最後だと思うから」幸恵はスマホを駿に渡した。「わかるわよね、ボタンとか」「もちろんさ」

おいら、あんたが来てくれたから、これからもあんた一緒に居たくなったよ。でも無理なんだな。おいら明日に壊される。そしたらこの意識もなくなるだろう。でも、おいらはまだつぶされたくない。あんたにすごくいい人見つかったのに! 

 やや涙交じりに想いをぶつける動物遊具。

 その瞬間スマホカメラのシャッター音が鳴った。「お、いいねえ。この幸恵、子供っぽいけど」と笑うと「もう、駿ったら」と同じく笑う幸恵は、駿の腕をしっかりと握る。
「先にここに連れてきて良かった。緊張がほぐれたみたいで」と幸恵は駿を見ながら心の中で思った。ところがもうひとつ別の意識がある。

あれ? おいらあんたと一緒に歩いているよ。え、ほんとうに!あの遊具からおいらどんどん離れているよ。すごいあんたとずっと一緒だ!

 どうやら駿がカメラを撮った瞬間、その映像とともに遊具に宿っていた意識が幸恵のスマホに転送されたらしい。

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 幸恵の両親との挨拶を無事に済ませた駿。何の問題もなく数か月後、結婚した。そのまま新婚旅行を終え、しばらくすると、幸恵はスマホを新しい機種に買い替えることを決める。
 このとき、動物遊具で宿り、幸恵のスマホに転送された意識が、ある日を境に忽然と消えていた。それは偶然だろうか?ちょうど幸恵が妊娠をしたタイミングである。

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シリーズ 日々掌編短編小説 722/1000

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