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眉山に歩いて登って 第898話・7.10

「何かと思えば、遊園地の絶叫マシーンか」「ん?どうした」前を歩く彼が振り返って私に話しかけてきた。「いいの。友達が遊園地に行ってきた写真を送ってきただけだから」私はそこまで言うとスマホをしまった。

「まさかお前そんなのが?」心配そうな彼に私は首を横に振る。「何言ってるの、あんなものより私はこうやって山を登る方がスキよ。後の絶景が楽しみなんだから」

 私たちのデートはアウトドアがメイン。今日は徳島市内にきて眉山に登っている。どこから見ても眉のように見えるからと名前が付いた徳島市のシンボル。眉山へはロープウェイもあるが、登りはあえて歩くことにした。それはふたりとも同意している。
「眉山は意外に行ってないよな。低いけど中々上りごたえがあるぞ」とつぶやいた彼は、徳島市の北、鳴門市に住んでいた。ちなみに私は徳島市の西にある上板町に住んでいる。徳島市内でのデートはいつものことで、眉山も何度も行っている。だけど、いつもロープウェイで登っていることが多い。
でも、先週彼が何か思いついたように言い出したことに私も目から鱗が落ちる思い。「今度さ眉山に歩いて登ろう」これは意外だった。私たちは他の地域で結構山登りやトレッキングをしているが、そういえば眉山を歩いて登ったことがないことに気づく。身近すぎて発想がなかったという方が正しいか?

「こんな身近なのに、いつもロープウェイだったしね」今回はロープウェイの山麓駅のある阿波踊り会館の横にある徳島眉山天神社から山頂を目指すことにした。
「眉山よりも数倍高い山に登っているから、ちょっと舐めてたかしら」今日はふたりとも軽装で登ったが、最初に続く石段で想像以上に一苦労しつつもどうにか石段を登り切り、車道に出る。
「どうした、いつもと違ってペースが遅いぞ」石段で早くも疲れて少し遅れた私に、彼が少しいらだちを見せる。
「ちょっと油断しただけよ、うるさいわね」私は一瞬不快に思ったが、ちょっと舐めていたのは事実。「ここからが本番よ!」
 私は気合を入れなおして、登り始める。途中でスマホのメッセージを確認したものの、あとは彼のペースに合わせられた。石段ではない山道、途中からは山道というより木の根が続くようなところもあり、それなりに勾配はあったが、むしろ私は石段よりその方が歩きやすい。

「おい、もう少しだ」「エンジンがかかれば余裕ね」ときおり息を吐きながらだが、あっという間に山頂に登った。気が付けば彼を追い越して私が先に到着。
「ふう、予定通りだな」山頂の展望台まで来るとちょうど夕暮れ時になっていて、ロープウェイで来た人が絶景を楽しんでいた。私たちと同じカップルのほか、家族連れや友達同士など様々。年代もバラバラで、中には外国人らしい姿も見られた。

「やっぱりいつもと違って、山を歩いて登ってから見るとやっぱりいいわ」いつもと同じはずなのに、少し違う気がする山頂からの風景。徳島市内の町並みが見渡せ、真ん中に吉野川の大きな流れが海に向かって流れている。そして海も島のようなものが見える場所があるが基本的には水平線。ただ方向は東なので、夕暮れとはいえ太陽が沈む様子は見られない。
「今度は日の出目指して上りたいな」「そうね、次はそうしましょう」私たちはその後しばらく絶景を眺めた。

「夜まで過ごして、帰りはロープウェイだな」いくら低い山とはいえ夜の下山は自信がない。ロープウェイは21時まであるので、暗くなるまでいても問題なかった。
「そうよ。その夜景を友達に送り返そうと思ってね」私は絶叫マシーンの写真を送ってきた友達に眉山の夜景を送る気満々だ。
「そうそう、これを持ってきたよ」と彼がポケットから何かを取り出した。それは南京錠。「ああ、あれね!」私はすぐに分かった。この展望台には、恋人スポットがあって、南京錠をつける場所がある。
「じゃあつけましょう」と私たちふたりはその場所に行く。結構多くの南京錠があるので、空いている場所を探すのに一苦労。

 それでも空いているところを見つけると、南京錠をかける。「あ、メッセージ入れたらよかったかな」かけてから彼は気づいた。「ペンとか持ってないの?」
「ごめん、忘れてた」彼は手を頭の後ろにおいて申し訳なさそうな表情をする。「うーんそしたらわからなくなるかなぁ」ここで私はため息をつく。「こまったな。今さら降りてペンを買ってくるとか無理だろうし」彼は急に弱音を吐く、山を登っている時とは大違い。
「そうだ、写真撮ろう。それがいいわ」私のひらめきに、彼の目が輝いた。私と彼は南京錠を挟むように並んで自撮り。
「なるほど、あと大まかに位置関係がわかるように」と彼も全体を撮影。私は、どの南京錠なのかを指さした。

「そろそろ、夜景よ」私は再び展望台の方に向かう。何万ドルかはわからないが美しい夜景が広がりつつある。こうして私は夜景を撮影し、友達に送るのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 898/1000

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