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1月25日のカフェにて語る主婦たち

「今日は休んで良い日。だから何もしない」霜月もみじは、友達の海野沙羅と、小洒落たカフェに来ていた。
 このカフェは、数店あるチェーン店である。だが良くありそうな統一されたロゴとか、店の雰囲気とか、金太郎飴のようなどこの系列店も同じというのでは無い。それぞれの店ごとにオリジナルなデザインが施され、個人店のような心地よさがある。半個室の店内は、他の人の目が気にならず、ゆったりとした時間が過ごせるのだ。
「さっちゃんもケーキセット?」「うん。もみじは、モンブランね。私はレアチーズにするわ」さっちゃんこと沙羅は、もみじの質問に軽く頷きながら答えた。

「今日1月25日は、主婦休みの日。ちゃんと理解してくれて、今日は娘、楓の面倒を見てくれるって言ってくれたわ」もみじはにこやかに答えると、沙羅は再び何度もうなづく。
「うちは、子供はいないけど、夫は外で食べてくるから何もしなくていいって言ってくれた。やっぱりこういう日決めてくれた人に感謝しないとね。そう、次のような意味合いがあるそうよ」ここで注文時に持ってきてくれた水を一口含む沙羅。喉の奥にしっかりと冷たい水が入ったことを確認すると、主婦休みの定義を語り出した。

 家事や育児に頑張る主婦がリフレッシュできる日。
 家族が元気になってニッポンも元気になる日。
 夫や子どもが家事にチャレンジする日&パパと子どもが一緒に行動する日。

 定義を語り終えた頃に合わせたかのように、ちょうど注文したケーキセットが運ばれる。さっそく沙羅はセットドリンクのホットコーヒーを口にした。ちなみにもみじが注文したのは紅茶である。

「あっ、しまった」「さっちゃん? どうしたの」
「今日はホットケーキの日だったんだ。そっちを注文すべきだった」
 と言って軽く舌を出す沙羅。その様子を見て思わずもみじは笑う。
「も、もう、そんな1月25日に合わせなくても。それ言っちゃ、確か中華まんの日でもあるのよ。でもやっぱりないわね」もみじは、何度もメニューを眺めながらつぶやく。

「そうそうもみじ、ホットケーキも中華まんも確か、日本最低気温の日からだって」「え? 日本最低気温の日ってどのくらいなの?」
「えっと」慌ててスマホで調べる沙羅。
「あ、あった。氷点下41度だって。1902年の北海道で記録したって書いてるわ」
「氷点下41って、確かバナナで釘が打てる... ...」「ああ、昔そんなCMあったらしいわね。実際どうなのかしら」 

 沙羅はホットケーキの代わりに注文したレアチーズケーキに、スプーンを差し込んだ。そのまま口に運ぶ。白いレアチーズケーキは、滑らかな舌触り甘さの中に隠し味のように感じるチーズの風味が、たまらない。
「私なら、釘打つんじゃなくて食べちゃうけどな」「それは私も一緒、ハハハッハ」
「あら、こんなのあるわ」沙羅は再びスマホと睨めっこ。「スコットランドの国民的詩人、ロバート・バーンズが1759年のこの日に生まれたんだって」「詩人ねえ。私はなんとなくそんな世界とは無縁かな」

 もみじは麺類のような形をしたモンブランの一部を破壊すると、そのままスプーンを口の中に入れる。口の中に入ったモンブランは甘い。そしてそれが口のなかに広がった。ついつい紅茶に視線が向かう。気がつけば紅茶が口に入り込むのだ。ここで口のなかは、モンブランの甘味と紅茶の苦味が、程よい調和の取れた味わい深い味覚として認識する。

「そうかしら? もみじなんて詩とか俳句の季語とかで、思いっきり登場しそうなのに」「さっちゃん名前はそうだけど、私はできないもん。詩なんて絶対無理」

「そしたらさ」「え、まだあるの」「今日は石ノ森章太郎生誕記念日でもあるんだって。1938年生まれ」「へえ、私はそっちのほうが近いかな。確か仮面ライダーとかだよね」

「そうそう私も思い出したわ」もみじは突然何かを思い出したようだ。先に紅茶に口をつけると「25日って天神の日よ。私の実家の近くに天満宮があって、毎月25日に両親が参拝するのよ」「へぇ、うちの近くは八幡宮だったかな」「さっちゃん。1月は初天神じゃなかったかしら。菅原道真が祀っている理由が、この日に大宰府に左遷されたんだよね。だから初天神は、左遷の日なんだって」
「左遷って!」沙羅の左眉が反応する。「さっちゃんどうしたの?」「いやね.うちの夫が、そうなりかけたの思い出したわ」

「え、さっちゃんほんとに?」沙羅は小さく頷く。

「昔、大口の取引先を怒らせたことがあるのよ。「『私、海野勝男。一文字違いで日曜夕方の顔です』とか冗談めかして言ったのが、相手に不快感を与えたみたい」
「あらら」「もうちょっとで責任と取らされて地方の支社に飛ばされかけたの。でも彼が真っ青になって上司の部長と必死に謝ってどうにか許された。
 それから逆転。雨降って地固まるとなったみたいて、取引先の信用を取り戻したの。おかげでどうにか左遷は免れたわ」
 当時を思い出したのか、沙羅の表情がまだ引きつっている。気を取り直すようにコーヒーに口をつけた。

「あ、これこれ。今日はお詫びの日てもあるわ」「え?」
 いつしかもみじのほうが、スマホで調べ出している。「カノッサの屈辱だって」「それ聞いたことあるけど、よくわかんないわね」「じゃあこっちは。美容記念日」
「あ、それが今日っていいわね。主婦にとって美容は大切よ」沙羅はレアチーズケーキを口のなかに放り込むと、負けじとスマホを触る。「へぇ。今日はとちぎのいちごの日」だって。
「あ、そうだ! 忘れてた。宇都宮生まれの栃木県人としては恥ずかしい」と、もみじは少し顔を赤くする。

「ハアハハ、もみじ何照れてんの。まるで顔が紅葉よ。ああそうだ。考えたらいちご食べたくなったわね。ねえ、このいちごのショートケーキ追加しない。それでシェアしようか」「さっちゃん賛成!」もみじは笑顔になり、顔色も元に戻る。

 こうして主婦ふたりの会話は、延々と続くのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 370

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