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石槌山へ 第891話・7.3

「本当にここまで来てしまった」エドワードこと江藤は、思わず口走った。その横ではパートナーの英国人ジェーンが自慢の金髪をなびかせて山頂からの眺めを楽しそうに見つめている。
 今から一週間前にお互いの数日の休みが取れたので、国内旅行をすることを決めた。江藤は、一度道後温泉に行きたいから愛媛に行きたいと提案。ジェーンは、それに意外にも同意した。
「行先について、いつもはあいつ抵抗するはずだが、おかしいと思った。まさかそれがこの苦難の始まりとはな」江藤は山登りをする気はなかったが、ジェーンの希望は山登りそのもの。
「エドワード!Wonderful」嬉しそうに叫んでいるジェーンとは対照的に、江藤は、ここに至るまでのやり取りを思い出す。

「愛媛に行くなら石鎚山に行きたい」とジェーンは希望を出した。このとき江藤は何を勘違いしたのか、JR予讃線に石鎚山という名前の駅があり、その前に「石鎚神社口之宮本社」というのを見つけた。
「ジェーンは日本の文化に興味があるからな」江藤も神社仏閣が嫌いではなかったから同意する。
 こうしてふたりは四国に渡り、伊予西条という町にむかった。この街のすぐ左側に石鎚神社がある。

 こうして午後に参拝を終えたが、ここでジェーンは意外な事を言う。「いよいよ明日は山の上ね」「え、山の上って何?」江藤は目の前の神社が目的地とばかり思っていた。ジェーンは真顔で、「エドワード、私はここに行きたいの!」と指さした方向にあるもの。それは石鎚山の山そのものであった。
「登山の装備もしていないのに......」江藤は戸惑ったが、地図を見ると少し安心した。山を登るためのロープウェイがある。その先には「石鎚神社中宮成就社」の文字を発見。「ああ、ここならいけるな。わかった。明日行こう」

 こうして翌日、つまり今日の朝から石鎚山を目指してバスにのり、ロープウェイ、さらに、観光リフトに乗った。リフトの山頂も展望台になっており、そこからの絶景は素晴らしい。ふたりは記念撮影をして、石鎚神社中宮成就社までの10分ほどの道のりを歩く。
「さて、目的地に来たぞ。ジェーンここまでこれら良かったよ!」朝から元気よく江藤が答えるが、ジェーンは不思議そう。「え?違う違う、この上の山上に行くのよ。そこがゴール」
 江藤は次の言葉が浮かばない。ジェーンは本気で山頂を目指そうとういう。「まさか、これじゃ今日一日かかるよ」てっきり午前中で終わって、午後には松山市内に行くつもりでいた江藤は、急に方が重く感じる衝撃。

「明日は道後で温泉三昧。頑張って上りましょう!Let's go!」とのジェーンの一言で、江藤は仕方なくついていくことにした。
 神門をくぐるといよいよ頂上に向かっての坂が続く。最初は比較的緩やかな坂であったが、徐々にきつい坂もある。ジェーンはトレーニングをやっているからどんどん上っていく。江藤もトレーニングをしているが、そもそも何の予告なしの登山なので、面を食らい少し取り残されていた。しかし江藤にもプライドがある。「負けるもんか」と気合が入ると、徐々にペースを上げていく。ちょうど前社ヶ森小屋と呼ばれる休憩所で待っていたにジェーンに追いついた。

 ここからしばらく歩くと、夜明かし峠という絶景が見られる場所に来る。「エドワードもうちょっとだよ」と涼しげな表情のジェーン、江藤は半ばあきらめ顔で後をついていく。

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「ねえ、エドワード!さっきからどうしたの、素晴らしい絶景よ!」ジェーンの声で我に返る江藤。「いやここまで来るのが大変だってね」と江藤は笑ってごまかす。ジェーンは「エドワードありがとう、ここには一度絶対に来たかった」と満面の笑み。
 ジェーンに聞けば石鎚山は江藤と知り合う前から気になっていた山だったという。
「でも途中の鎖にチャレンジしなくてよかったよ」ようやく笑顔になる江藤。夜明かし峠から山頂まで3つの鎖場があった。「ああ、私はやってみたかったけど、エドワードが本気で嫌がったから迂回路にしたの」「危ないからな手を滑らせたら一巻の終わりだ」
 江藤はジェーンの勇気ある撤退に微笑む。こうしてふたりは鎖を使わず、迂回路を通って石鎚山山頂に到着する。石鎚神社奥宮頂上社で参拝した後、そこからははっきりと見えて少し高い、近畿以西の西日本最高峰の天狗岳へ。こうして天狗岳頂上(標高1,982メートル)にたどり着いた。
 最高峰からの絶景は言葉にはできないほどの美しさ。しばらくふたりは静かに絶景を楽しむ。

「さて、エドワード降りましょう」「え、あ、そうだな。今夜も西条市内で一泊して明日が松山、道後温泉に行かないとな」
 と江藤は答えたが、同時にここまでと同じ道乗りを引き換えする必要を感じると、また気が重くなるのだった。

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