猫のいるしあわせ 第766話・2.28
「エドワード、やっぱり船の旅は素敵ね」日本語が達者な英国人ジェーンは、船のデッキから感じる潮風に金髪を靡かせている。その横でその風にあたふたしているのはエドワードこと江藤。
「あ、でも今日は、風が、ち、ちょっとな。やっぱり中に入っているよ」そう言って江藤はひとり船室に入ったが、ジェーンは激しい風をものともせず、デッキからの潮風を楽しんでいた。
船は瀬戸内海を航行しており、ある小さな島を目指していた。「エドワード島が見えるよ!」嬉しそうなジェーン。今回はジェーンのリクエストで休日を利用し、ふたりはこの船に乗っている。
「本当にあの島にいるのか、そんなに多くの猫が!」ジェーンが猫が多数いる島があると江藤に話をしてきたのはほんの10日前のこと。
ジェーンが言うにはこの小さな島には無数の猫がいて近づいてくるのだという。猫が好きで飼っているわけではなければ、猫に対して嫌な思いもない江藤だが、どうしても多くの猫を見てみたいというジェーンの付き合いでここに来ていた。
船は小さな岸壁に近づいていく。この船はせいぜい30人程度しか乗らないような小型の船。島と本州側を結んでおり、1日数便が往復していた。
「さ、ついたわ、エドワード」ジェーンは相変わらずのハイテンション。「でもあいつ、そんなに猫好きだったかなあ?」江藤は首をかしげながらジェーンの後をついていく。
船を降りて昭和の香りがのこる港町ともいえない小さな場所には、無人の待合所にベンチとトイレだけがある。船のチケットは本州側から購入。この島には宿泊施設がないから、島に親戚や知り合いでもいない限り、往復購入するのが原則であった。
「ジェーンそんなに急ぐなよ。どうせ帰りの船までたっぷり時間があるから」ジェーンは先にと歩いていく。どこに猫のいるポイントがあるのかわかっているのか、何の抵抗もなく桟橋から島内の外周道路を、集落側とは反対方向に歩いていく。
「エドワードいた!猫がどんどん近づいてきたわ」ジェーンの声、江藤が近づくと、確かにどこからともなく猫が現れた。10匹以上は確実で、おそらく20匹近くいるのだろうか?
「エドワード、いっぱいいるでしょ猫ちゃん。本当はこの先に小さな神社があって、そのあたりにいっぱいいると聞いたけど、まさかもういるとはね」
ジェーンは嬉しそうに猫を眺めている。猫はジェーンが餌をくれると思ったのだろうか?猫たちは小さく鳴きながら媚びるように近づいてきた。「これ食べるかな」遅れてきた江藤は、ポケットに入っていたビスケットを細かく砕き目の前に置いた。すると、鳴き声を上げながら猫が争うようにビスケットを口に運ぼうとする。
これで味を占めたのか、猫はまた鳴き声を上げながら江藤に近づいてきた。「おい、おい、もうないよ。たまたま一枚余っていただけなのに」猫に迫られて戸惑う江藤。「そりゃ餌なんてあげたら、また貰えると思ってすぐ来るわ。エドワード、神社の方に行くわよ。Let's go!」
そういうとジェーンは先に歩いていく。江藤は迫ってくる猫から避けるようにジェーンの後をつけていくが、当然猫たちもついてきた。外周道路と言っても一周しておらず神社の前が終点。ここまで来るとさらに多くの猫がどこからともなくやってくる。
「これは本当に猫だらけだな」江藤は足の周りにまとわりつく猫を見て少しうんざり」「うぁーここも風が強いわ!神社の前は海になっていて、潮風がジェーンを襲う。あまりにも風が強いためか、猫はそこには近づかない。「ほんとだな」江藤にとっては、ようやく猫の群れから離れられた。
猫に見守られるように神社を参拝し、そのまま来た道を引き返し、港に戻るふたり。相変わらず猫はついてきたが、港の近くまで来ると不思議と猫はそれ以上前に進まない。「彼らにはテリトリーがあるみたいね」「ああ、ようやく解放された気分だ」江藤は後ろを見ると、猫たちが立ったままふたりを見送っている。
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港の待合室で次の船を待つ間、ジェーンがつぶやく。
「エドワードどうだった?」「うん、これで楽しかったな。でも本当だったんだ。こんなに猫がいっぱいいるとは。でもさ、最初はびっくりしたけど、これだけ猫に囲まれていたら、彼らと一緒にいると幸せに感じるようになったよ。それなら1匹くらいうちでも飼ってもいいかなという気がしてきた」
江藤はジェーンが猫を飼いたいと思っていると思い込んでいたが、ジェーンは意外なことをいう「エドワード!それはいらない」ジェーンは否定した。
「え?なんで、猫が好きじゃないの」驚くのあまり間を見開く江藤。「見るのと飼うのは別。飼うと世話しないといけないから大変よ。私はこうやって猫を見るだけで十分」
「そっか、それならまあそれでいいか」江藤はジェーンに納得、小さくうなづく。
「でもおかげで、ここにきて私やりたいことができそうな気がしたわ」嬉しそうなジェーン。「え?ここに来るまでが目的じゃなかったの」ジェーンは首を横に振り「ここは目的ではなくそのための手段のために来たの」という。
「で、ジェーンの目的って何だよ」「それは、essayを書くこと、猫をテーマにしたessayを書きたかったのよ。本当は猫の日に合わせようかと思ったけど、どうせなら猫がいっぱいいる場所を体験してからかなってね」
「そ、そうか......」江藤は力なく返事する。そして頭の中で「エッセイね。どうせなら日本らしく随筆の方にしろよ」とつぶやいた。
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