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岐阜にあったふたつの城

「大樹、今日は付き合わせて悪いな」
「いいよ。今年2月の大怪我でずっと病院のベッドにいて辛かったんだ。だからこういうお出かけは、僕のほうからお願いしたかったくらい」
 伊豆茂は孫の大学生・大樹と岐阜に来ていた。これは茂の希望。岐阜にある城巡りをする計画を立てた。本当は茂ひとりで来ても良かったが、それじゃつまらないと判断。そこで2月に生死をさまよう大けがをして4月末に退院した孫の大樹を誘ってみる。
 おじいちゃん子の大樹はふたつ返事。退院して初めての遠距離のお出かけとなった大樹は出発すると非常に嬉しそう。

 こうしてふたりは岐阜駅に来た。
「お!岐阜に来た。じいちゃん、今から城に行くんだよね。ということは岐阜城に行くの」
 ところが茂は首を横に振る。
「いや、まずは加納城に行く」「カノウジョウ?」初めて聞く城の名前に大樹は少し戸惑う。
「そうか、大樹は加納城を知らんのじゃな」「う、うん初めて聞く名前」

「実は加納城は、徳川家康が建てた城で、岐阜城を壊してここに建物を移築したんじゃ」「え、家康が何でそんなことしたの」
「まあ岐阜城は山の上じゃったっからなあ。平和な江戸時代になったから便利の良い平野に移したのじゃろう。あと岐阜の名前が気に入らないとかも聞いたことがあるな」
「気に入らない?」「『岐阜』というのは天下を取る意味があって、信長が付けた。じゃが家康がその城に大名が入ったときに、徳川に代わろうとされたらとかまで考えたんじゃろう」茂は嬉しそうに大樹に説明する。
「で、そこまではバスかタクシーに乗るの」「いや歩くぞ。15分ほどじゃ。大樹もう体調は大丈夫じゃろ」

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 ふたりは岐阜駅の南口から歩いていく。「このアイフォンの地図の通りに行けば、岐阜の土地勘の無いワシでも余裕じゃな。ハハハハアハ!」
 大樹は茂についていくだけ。まずは駅のすぐ近くにある清水緑地にむかった。そこから続いている水路沿いに歩く。やがて国道の大通りが見えると、今度はその国道沿いに歩くのだ。
「ほう、ここが旧中山道じゃな。大樹よ、この辺りが中山道の加納宿があったところじゃぞ」
 茂が説明するも大樹は左右を見渡したところで、単なる細い道にしか見えない。「まあ仕方があるまい。ほとんど痕跡もないからな。ちょっと待ってくれよ」茂はスマホ片手に歩いていく。
「まあ、これくらいかな」茂が見つけたのは「中山道加納宿当分本陣跡」と書かれていた石碑のみ。大樹はそれを見て明らかにつまらなそう。

「まあいいや、これはおまけ。城に行くぞ」茂はつまらなそうな表情が顔全体に広がっている大樹に気を使った。逃げるようにその場を離れて歩いていく。やがて「加納城大手門跡」と書かれていた石碑を見つけると道を曲がる。
「じいちゃんて、石碑だけでも楽しいんだ」「お、おう、そうじゃ。もう石碑しかなくてもそこに行ったら、こう頭の中で想像するんじゃ。それだけでも十分。慣れたらその時代にタイムトリップじゃ。まあ大樹にはまだ早いかのう」
 余裕を見せながらも、内心戸惑っているような茂。
「じいちゃんに気を使わせたかな」大樹はそれをうっすら感じ取った。

 そのまま歩いていくと広場のようなところに差し掛かる。そこには石垣が見えてきた。「おお、ここじゃここじゃ」茂は嬉しそうに石垣を眺めている。そしてスマホで撮影。「これが加納城?」「そう、ここに城があった」茂のテンションは高め。その表情から相当ここに来たかったことがわかる。

「石垣だけかぁ」大樹は思わず口にこぼす。慌てて口を押える。
「あ、やっぱり大樹には無理か」「い、いやいいよ。今日の僕は付き添いだし」慌てて否定する大樹だが、茂は少し寂しそうな表情。
「こんなのに突き合わせて本当にすまんな。この後は岐阜城に行こうかのう。大樹病み上がりでまだ疲れているな。よしタクシーで行こうか」

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 タクシーは加納城から岐阜市内を北上、東海道本線を越えてさらに北に向かった。やがて長良川の土手の上の道路を走行。進行方向から左手には長良川の雄大な流れが視界に入る。「お、大樹あの川は長良川じゃ」茂が説明した。
「思ったより広い川なんだね」大樹も答える。すでに加納城のときにあった気まずさは、ふたりの中にはない。

 やがてタクシーは岐阜公園に到着した。ここはロープウェイ乗り場。山の上の岐阜城には徒歩でも登れるが、楽をするにはこれで上がる必要がある。
 ここでロープウェイに乗るふたり。「お、大樹どんどん上がっていくぞ。ほう、岐阜の市内がどんどん小さくなるな」
「じいちゃん。どうも僕、高所恐怖症になったかも。そっち側が怖くて見れない」と、大樹は体を小刻みに動かしている。
 そんなやり取りの中、所要時間4分で山上駅に到着した。
「ねえ、じいちゃん。リス村だって。気にならない」「うん、まあいいじゃろう。ちょっと入ってみるか」
 ふたりはリス村に寄り道した。

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「リスは可愛かったけどね。でも僕よりもっと小さい子供むけかな」リス園を出たふたりは、そのまま岐阜城天守閣を目指す。
「ふん、大樹が行きたいと言ったくせに。いまいちじゃったか。それにしてもじゃ、しっぽが長くないとあれだな。顔だけじゃとハムスターやモルモットなどと同じにしか見えんのう」
「じいちゃん、それはそうかも。おなじ『げっ歯目』らしいから」

「ほう、大樹詳しいな」「うん、実は高校のときに生物部だった同じクラスの女の子がいて、いろいろ教えてもらったんだ」
「女の子? それってお前!」茂が興味深く聞いてくる。
 大樹は笑いながら否定。「じいちゃん違うよ。そこまでいかなかった。僕はちょっと好きだったけど、告白する前にお互い卒業したんだ。もう大学も違うし。懐かしいなあ。あの子どうしているのだろう」
 そう言いながら大樹は視線を遠くに向ける。ちょうど金華山の上から見える風景をぼんやり眺めた。

 やがて山道を歩くこと5・6分で岐阜城天守閣に到着する。「じいちゃんようやく城らしいの見えたね」加納城のときとは違い、立派な天守閣を見て嬉しそうな大樹。だが茂の表情は複雑なまま。
「まあな。じゃがこれ復興天守じゃから微妙だなぁ」
「フッコウテンシュ、じいちゃんそれって?」「あ、ひとことで言って見れば、想像で再建された天守。だから織田信長がいたころの岐阜城がこういう形をしていない可能性が高いということじゃ」
「そうなんだ。僕にはよくわからないけど中に入るでしょ」「ああ、せっかく来たしな。もちろん貴重な資料は見て置かんといかんな」
 そう言いつつ仲良くふたりは、岐阜城天守閣に入るのだった。


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シリーズ 日々掌編短編小説 492/1000

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