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今こんな気分 第1096話・2.2

「ふう、帰らんわけにはいかないし」とくたびれた表情の人が目の前を横切っている。それを冷静なまなざしてみている一匹の猫がいた。
「ふん、あいつ頭を使いすぎだよなあ」猫は自分たちだけがわかる言葉でつぶやく。これは人間には「にゃー」としか聞こえないということだ。

 この猫は果たして何年生きているのか?人間ならいちいち記念日などを決めてその日を特別な気持ちで迎えるが、猫にはそんな思想はない。気が付いたら生まれて意識が芽生えた。経験で生きるために必要な食べるものがどれなのかを感覚で覚える。そして来る日も来る日もこの周辺を着の身着のままうろつく。野良として生まれ、果たしてどのくらいが経過したのだろう。

 生まれて間がない時にはただ欲望のままに、空腹であれば食べ物を求め、睡魔が襲えば、適当なところをねぐらにして目をつぶった。そしてある日から自然と芽生えた性欲というもの。その欲が最も上昇したときには、自らとは違う性を持つ相手と行為に及んだ。人間が言うところの雄であるこの猫は、雌と違い子供を産まない。だから行為の後のの事はよくわからないのだ。

 ただ本能のままに生きてきた。だが生を受けてからそれなりに成熟期に入ったからだろうか、いわゆる性欲は減退している気がする。その代わり別の事、最近は色々と世の中を気にし、あれこれ考えるようになったのだ。

 とはいえ、しょせん猫の知能は知れている。大したことは考えない。やっていることと言えば、普段うろついているところで視線から見える存在についてあれこれ自分のわかる範囲で考えているだけである。

 猫はいろんなものに興味をしめした。それこそ最初は木や花、あるいは自らよりも小さな生き物に興味を示した。特に「チュー」と鳴く存在、つまりネズミを見ると本能が目覚めるのか途端に攻撃的になる。これは昔からの習性、それでもネズミを殺したとしてもそれを食することは無い。この周りには多くの人が住んでいる。ネズミなど喰わなくとも旨い食べ物はいくらでもあるのだ。

「そういえば、最近は来なくなったなあ」猫にとって最近はさびしいことがある。ある人物が一時はこの猫の前に決まった時間になれば来ていることがあった。決まったといっても猫は人間のように時計など見ない。見るのは明るさだ。おおよその太陽の位置でのみ把握する。だがそれは猫の感覚を狂わせていることに気づいていなかった。太陽は毎日全く同じ時間に上って、沈むことが無い事は人間は知っていていも猫は知らない。

 だがその人物は時間ではなく太陽の動きに合わせるように猫の前に来ていた。ただ来たのは10日ほどだから大した差はない。
「あんな楽なことはもうないかあ、ふう」猫が期待していた人が来た10日間は、猫にとって天国のような日々であった。なぜならばその人物は理由はわからないが、餌を持ってきてくれる。近所のスーパーか、コンビニかはわからないが、キャットフードを持ってきていた。そして猫を見るなり笑顔になったかと思うとその場に、そのキャットフードを置く。猫は最初のうちは半信半疑であったが、食欲がそそられる匂いががするその置いたキャットフードを一口口の中に含み、その旨さを知ると、猫は一目散にそのキャットフードを平らげる。

「あれは旨かった」さすがに有料で人間に飼われている同胞の為に作られた食べ物だ。そのうまさは想像をはるかに上回るもの。一度食べたら病みつきのようになった。次の日が待ち遠しくなり、その人が来たらそれを一目散で食べる。そしてその次の日と続いた。
「これは、ドラッグではないのか?」と、ほんの一瞬不安になったことがある。ドラッグという言葉をなぜ猫が知っているのか?それは深夜にそういうものに手を出していると思われる、怪しくて挙動不審な連中を何度も見ており、彼らが発した言葉で理解しているのだ。

 とはいえ、あの10日間はそのような日々で天国を味わった。おいしさだけではなく、何もしなくても向こうから食べ物が来るのだからこんな素敵なことは無い。

 だが、そんな幸せは長く続かず。10日ほどで幕切れとなった。

「今日も来ねえなあ」思わずため息をつく。猫、空腹による食欲がわいてくる。「あとちょっと。暗くなるまで待つか」
 猫はこの日もギリギリまで来るのを待つ。待つが来ない、来ないのだ。

「行こう」猫は今日も諦めた。こうして移動する先はゴミの袋があるところ。ゴミの袋を破いて中の食べ物に手を出すこともあるし、また勝手に袋が開いていて食べ物が落ちているときもある。いずれにせよあの10日間の食べ物と比べれは遥かに劣る。

「いい加減、元の生活に戻さなければな」猫はそう呟きつつ、この日も餌を求めて移動するのだった。

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