月面で撞球? 第544話・7.20

「今日もきれいな月。梅雨が明けたから、また美しい星が見えるかしら」私、真理恵は、昼間はコスモスファームと言う小さな農園を運営している。そして夜は、哲学研究者の彼と天体観測というのが日課。
 今日は、彼、一郎が研究で忙しく、帰ってくるのが夜遅くになる。だから日が沈んでから、ひとりでゆったり天体観測。
 さてどのくらい月や星を見ていたのかわからない。ようやく彼が帰ってきた。「おう、今帰ってきたよ」「おかえりなさい」
 彼はさっそく、私の横に来て夜空を見る。「うん、きれいに月が浮かんでいるぞ。これはちょうどいい」と、私に聞こえるようにつぶやいた。

「どうしたの? ちょうどいいって」
「ああ、実は日付が変わったら、月面着陸の日になるんだ」「それって、アポロ計画の?」
「そう。1969年7月20日にアポロ11号が、月面にある静かの海に着陸した日。つまり人類が初めて月面に降り立った日なんだ」彼は語りながら得意げに胸を張る。
「へえ、でも不思議ね。半世紀も前に、あの月に人が行ったなんて!」
 そう呟いた私は陰謀論者ではない。でも私が生まれるよりも過去の技術で本当に月面に行けたことに、懐疑的なところがあった。
「意外だな、君がアポロの捏造説を信じているとはな」
「そういうわけじゃないけど、あ、それはいい。その本題に行かない?」
  私は小難しい哲学的な方向に、話題が行きそうな気がした。そうなれば彼の専門分野。うまく言いくるめられそうな気がする。

「ああ、そうだな。実は大学研究者たちで、この夏に面白い自由研究をやっているんだ」「夏の自由研究?」「そう、月面に人が住むようになったら、そこの生活がどうなるかなんてことを議論しているんだ」「うん」
「まあ自由研究というか空想だな。でも研究者たちでやるより、そうでない人、例えば君とこの自由研究で盛り上がったらどうなるかなってね」と彼は嬉しそうに笑う。

「ああ、あの月に人が住む。うん、いつかあり得るわね」
「早ければ2020年代にも、それに関する計画が行われるようだ。だから今のうちにいろいろ考えておき、将来現実のものとなって、それが当たれば完全に予言者だな」と言って、また彼は笑う。私は首をかしげる。あまり予言者とかそういうのが嫌いだから。

「大事なキーワードとしては、月面の外は大気がなくて真空。だから建物の中でしか住めないだろう。あと重力が地球の6分の1。人の居住区をその軽い重力のままにするか、地球と同じ重力をかけて、同じ生活ができるようにするかどうかだ」
 こうして月の光を受けながら、ふたりは夏の自由研究を開始。最初に私が口を開く。「私はどうしても農家だから、月面でも野菜の育成とか、どうなのかしら? 気になるわ。外は絶対に無理。と言うことは空気が入るような、ビニールハウスの丈夫なのが必要ね」
「でも、垂直農業だっけ、ビルの中に積み重ねてというの」「ああ。それ私あまり好きっじゃないけど、月面だったら仕方ないかもね」
 ここでしばらく沈黙。彼は月を眺めている。私はスマホをとりだすと何かヒントがないか探してみた。

「あ、面白いの見つけたわ」「どうしたんだ」
「同じ7月20日が、ハンバーガーの日とTシャツの日なんだって。月面の服装。Tシャツとかありえるかしら?」
「建物の中は大丈夫だろう。外は見てるだけでも重そうな宇宙服だろうけど」「でも重力が6分の1だから」「そうかぁ、だったらウサギのように跳ねられるかもな。ハハハッハ!」
 彼は三度嬉しそうに笑う。大学でこのテーマでやっても、恐らくこんなには笑えないのかもしれない。

「そうだ月面で、青い地球を見ながらハンバーガーを食べるのもいいわね」
 私は頭の中で想像した光景を思い浮かべる。月見ではなく地球見。
「ああ、月面で住めるようになっても、最初は地球上にある高級な料理とかは難しいだろうねえ。でもファーストフードならできそうだ。月面ではハンバーガーとか、フライドポテトが主要な食事にかもしれない」彼も同意している。

「あ、ちょっとまてよ」突然何かを思い出した彼は、スマホを取り出して何か調べてる。「これだ。撞球の日」「ドウキュウ?」私は初めて聞くキーワード。
「ああ、玉つき。ビリヤードのことだよ。1955年のこの日に、ビリヤード場を、風俗営業法の規制の対象外にする法案が成立したんだって」
「え! あれもともと風俗営業だったの」私は驚きのあまり声が裏返る。だって私はそんなにうまくはないけど、結構ビリヤードが好き。球を思いっきり突いて、それが勢いよくほかの球に激突。今度はぶつけられた球が、速度を上げて転がりながら、いろんな方向にある穴に入る。私はその瞬間が好き。あと球がぶつかったときに聞こえるちょっと高めの乾いた音も。
「ああ、そうみたいね」彼は対照的に苦笑い。だってふたりでビリヤードに行けば、私が勝つ確率が高いから。

「そうねえ、月面で生活するなら娯楽。ゲームとかスポーツのこと考えないとね」
「どうせならスポーツやゲームをするところは、地球と違って、重力が月面のまま6分の1にするのもよさそうだ。地球とはさぞかし違う雰囲気、ゲーム展開になるぞ」彼は嬉しそうに想像を膨らませる。視線はまた月に向かっていた。
「だったらビリヤードも、少しの力で、ボールが思いっきり飛びそう」「そう。となると、いよいよ穴に入れる角度を頭の中で計算していくことが、より大事になりそうだ」こうして延々と私たちは、空想話を続ける。

「あ、こんな話聞いたら、Tシャツ来て、ハンバーガーを食べながらビリヤードがしたくなったわ!」
「だったら来週位に行こうか」「いいの。私勝つわよ」「さあ、それはわからないな」彼はそういうと私の手をつないだ。私は彼の暖かい手の温もりを心地よく感じる。

 こうしてふたりは再び空を見た。しばらく空想で盛り上がった月面。でも今はまだ何もない。だけどいつも通りに美しく輝いている。


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