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他人と働き方を比較しても意味はない

■ 他人と働き方を比較しても意味はない


「〇〇さんのほうが休みが多い」

「✕✕さんのほうが業務量が少ない」

「後から入社した△△さんのほうが待遇が良い」

「上の人間は楽をしてばかりいる」

・・・経営や人事の立場にいると、このような職員からの不満を耳にする。

いや、私の場合は職員から直接言われることのほうが多いかもしれない。
そのたびに不満の内容に耳を傾けて、ときには背景を説明する。

しかし、いくら詳細な説明をしたところで、不満を抱いている人が納得することは稀である。場合によっては、その説明により不信感を抱かれることもある。

このような不満に対応するたびに思うことは、「他人と働き方を比較しても意味はないのに」ということだ。

言い換えると、「他人の労働条件と比較しても意味はない」ということだ。

不満と言う感情は、自分自身が割を食っている気がするということであり、それは結局のところ他人との比較に由来している。


シフトを見て同僚と自分の休みの日数を比較して・・・

他スタッフと自分の業務内容と量と比較して・・・

後から入社したスタッフと自分の待遇を比較して・・・

上司や先輩などと自分の仕事のあり方を比較して・・・


その人の業務内容は、まるで他人との比較のようである。
比較しては悶々として、比較しては自分は不利になっていると思い込む。



■ 損得勘定しても不満は解消されない


インターネットやらSNSやらの普及により、現代人は他人と自分とを比較することが癖になってしまっている。

それは「なるべく得をしたい」「なるべく損をしたくない」というだけだ。
それは「なるべく楽をしたい」ということでもある。

しかし、多少の得をしたところで、あるいは多少の損を回避したところで、実際のところ大差はない。他人と比較して感情を乱してまで、果たして損得というのは気にすることなのだろうか。

仕事において給料や業務内容(量)の要素は大切であるが、スマホで求人票を見ては「この職場のほうが給料がいい」と思いつつ、「でも、この仕事のほうが今よりも楽そう」といったように比較から比較を渡り歩く。

そうして時間をどんどん消費して、比較することに疲れては「まぁ、今のままでいいか」と先延ばしする。

しかし、また翌日には同僚や周囲の勤務状況を比較して不満を抱く。

そのような考え方で仕事をしている人は、本人が黙っているつもりでも、勤務態度やちょっとした言動で丸わかりである。それは人事としても評価しにくいし、同僚からも取っ付きにくい存在として扱われてしまう。

「そんなにこの職場に不満があるなら辞めちゃえば?」と言いたくなる。



■ 現代において「全く同じ労働条件」なんて存在しない


でも、大抵の場合は不満を言えど辞める気配はない。

それは、不満を言えば労働条件や待遇を改善してもらえると考えているからだろう。このような考え方も、当人の言動や態度で何となく察する。

しかし、私の場合は不満に対して話は聞くが、よほど事業所側に落ち度がない限りは安易に労働条件や待遇を変えることはしない。

それは、全く同じ労働条件なんて存在しないからである。

それぞれ労働条件が違うことに不満を抱かれても、土台が違うのだから比較しようがないのだ。

特に現代においては様々な働き方がある。
この時点で労働条件や働き方を比較しても無意味
だ。

副業や兼業だって当たり前だし、家庭の事情によって合間を縫うように仕事をしている方もいる。

だからこそ、労働条件や働き方を比較すること自体が無意味なのだ。



■ 人によって事情は異なるし、見えていないこともある


不満を抱こうにも人によって事情は異なるし、不満を抱いている当人が見えていない事情や背景だってある。

例えば、「〇〇さんのほうが休みが多い」と言っても、その〇〇さんは扶養に入っている事情から給与上限があり、勤務日数に制限がかかっている。
その結果として、休みが多いように見えるということもある。

また、「✕✕さんのほうが業務量が少ない」と言っても、その✕✕さんの業務量は他スタッフよりも少ないというのは確かであっても、その分の給料は少ないこともある。
「ちょっと小銭を稼ぎたいが、そこまで大変な仕事はしたくない」と言う人もいるが、雇用する側としては指定した業務を適切に遂行してくれれば問題ない。それに対して賃金を出すだけだ。わかりやすい。

一方、「後から入社した△△さんのほうが待遇が良い」というのは、何と言うか主観が入り過ぎて何とも言えない。そもそも、何を持って待遇の良し悪しを決めているのか不明だ。
もしも、待遇を周囲の「扱い」「関わり」とするならば、それは△△さんの勤務態度や人柄に魅力があったり、成果を出しているからかもしれない。
逆に、不満を言っている当人の勤務態度に問題があったり、不満ばかりで大した成果を出していないことに原因があるかもしれない。

最後に、「上の人間は楽をしてばかりいる」というのも同様である。
これは現場と経営を行ったり来たりしていることで、たまに私が陰口のように言われることでもあるが、仕事というものを一面で見て「楽をしている」と言われても困るというものである。
現場だけで事業は成立しているわけではないし、現場では見えない関りや対応をしていることを説明したところで、理解されないということを知っている。


――― 最後に。ここまで言っても不満を抱くならば、いっそ冒頭のような比較対象の人たちと同じ労働条件にしてもらうよう職場にお願いすればいい。

「〇〇さんと同じ休み日数にしてほしい」
「✕✕さんと同じ業務量にしてほしい」
「△△さんと同じ待遇にしてほしい」
「上の人たちのように楽をしたい」

おそらく、これら全部は無理でも1つか2つは叶えることはできるだろう。

しかし、確実に言えることは現状と同じままでいられることはない、ということだ。

賃金が下がるかもしれない。
現在のポジションから外されるかもしれない。
高いスキルや人格を求められるかもしれない。
大きな責任とプレッシャーを負う立場になるかもしれない。

もちろん、これはいきなり実行されるわけでなく、不満を口にしている当人に説明して同意を得てのことだ。

つまり、労働条件や働き方に同意するのは、他人と比較している当人次第

・・・さてさて、それでも冒頭のような不満をまだ言えるだろうか?


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。



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